━━━━━エアリーや夜魔(よま)、ボレーラと別れ別行動を取っている大聖(だいせん)。 なるべく人々の目に自分の姿が目に映らないように、と屋根から屋根へと飛び移りながら移動していた。 大聖の密かな理由以外にも、比較的小柄なこともあり、 普通の歩くだけでは背の低い建物を探しにくい、という効率も考えてのこと。 金斗雲の使用は、どうしても自分の跳躍では届かない場所に移るときのみ。 なるべく、自分の足のみで移動することにより、目立つのを防ぐ。 民家から店へ、店から外壁へ、外壁から城へ…と行動範囲を広めていった。 普通の人の目に見えない速さで走り回ることで、人目につくことも避ける。 倭国のうちのこの地域…出雲の大部分を走り回ったところで、 ある神社の屋根の上に着地したかと思えば、走ることはせずにピタリと止まる。 神社の屋根の着地したそのとき、大蛇の退治法を調べているエアリー達3人が、 この神社の中へ入っていくのが見えた。 「まぁ…、あの3人は俺ととは違い、平凡な存在だから大丈夫だとは思うが…。」 もし神でもある自分が、神社などに入ってしまったら一体どんなことが起きるのだろう。 神社といえば、元旦などでのお祈り以外にも、古くから神々が集う場所だとか、 あるいは人間界と神の世界を行き来する場として使用される場所。 神でもある自分が神社に入った場合、突如この出雲から姿を消す、そんなこともありうる。 それは、自分自身からしてみればどうでもいいことではあっても、 自分が消えていなくなることは、エアリー達3人にとっては困ること。 自分が3人とこの神社に干渉することで、神隠しなどには巻き込みたくない。 なので、大聖はその3人に見つからないようにと神社の裏側に飛び降り、着地する。 3人が入っていったのは、神社の正面入り口だ。 部屋に窓のない神社ならば、正面入り口にさえ行かなければ中に入ることは出来ない。 着地をしたその後は、物音を立てないように忍び足で周囲を探索する。 神社の裏手にあるものは、小さな井戸と掃除に使う竹ほうきだけだった。 「………?」 一見、何もないように見えたが、砂で満たされた地面に、違和感を感じた。 神社の正面入り口側とは違い、砂利や石といった材質は使用されていない、本当に砂と草だらけだった。 しかし、一ヶ所だけ砂が山にように盛り上がっている場所があった。 「妙に不自然だな。たまたまここを通った者に見せたくない物でもあるのか?」 顔をしかめ、眉を寄せ、怪しむようにその山に歩み寄る。 砂が積まれた山の根元を観察しようとしゃがみ込めば、よく見ると、僅かな隙間があった。 それを見てますます怪しいと思い、大聖は近くにあった竹ぼうきを使い、 その砂の山を少しずつ崩していった。 いきなりドッと崩さないのは、物音を立ててしまい気付かれることを懸念してのこと。 砂の山を崩し、積まれていた分の砂を平等に散りばめたところで、 大聖が砂の積み跡の方を見ると、何かを蓋しているような、正方形の窪みが現れた。 「………?」 街中にある物で例えると、別の国にあるマンホールと同じ用途の蓋だった。 地上と地下の干渉を防ぐ役割を担っているであろうそれを、 大聖は一体なんだとジロジロ見つめる。 竹ぼうきの棒の先を隙間に強引に入れ込み、テコの原理を用いて持ち上げると、 その正方形部分が僅かに浮いた。 「…!…まさか、これは蓋そのものか?」 竹ぼうきをテコとして使うと、それは確かに持ち上がった。 …傍からすればこれは無許可な不法侵入。しかし、歩目(あゆめ)が本当に攫われているとすれば、 皆が目にしやすい場所には決して隠さないだろうと、 大聖は、それを承知したうえで、あえて蓋を開けた。 「………!!?こ、これは………!!」 砂に塗れた蓋を開けたその先にあったのは、暗闇に続く階段だった。 どうやら、この蓋はこの隠し通路を隠すためのものだったらしい。 「………。」 目を凝らして先の方を見つめるが、真っ暗で何も見えなかった。 しかし、この通路が一体どこに通じているのかくらいは、調べたいと思った。 「…何か照明になりそうなものがあればいいが…。」 真っ暗闇に無防備に飛び込むわけにはいかない、と大聖は一旦隠し通路の蓋を閉めて、 照明になりそうな物を神社の周辺で探してみることにした。 すると、神社の裏側から正面に出たところで、 一般客が身を清めるために洗うと言われている洗い場に、 少し大きめのろうそくがおかれていることにきづく。 ………とはいえ、神社は神聖な場所として有名だ。 そんな場所で、何も無しにそれを勝手に借りてもいいものか。 そうはいっても、それ以外に照明になりそうなものなど、どこにもない。 あと、それを借りるということを伝えられる道具もない。 「………。」 ━━━━━神ともあろうものが、人間界で盗みに近いことを働いてしまい、申し訳ありません。 しかし、これも歩目という植物人を救うために行うこと。 …老師様、どうかお許しください………。 洗い場の前で膝をつき、目を瞑ってそう小声で言ってから、 大聖は再び立ち上がって、そのろうそくを持っていった。 『くさひめ』 ………神社の洗い場で借りたろうそくを使用し、 暗闇を照らしながら隠し通路の奥へ奥へと進んでいく。 地上の賑やかな街並みから一変、暗い洞窟の中へと景色が変わっていった。 それでも、人が通った形跡はあるのか、壁や天井に角材が打ちつけられていた。 また、井戸の近くということもあり、洞窟の近くで湧水があるのだろう。 洞窟内は地上に比べてややじめじめしていた。 これで適度な日光さえあれば、地下の鍾乳洞で泳ぐ蛇や蛙には持ってこいの環境だった。 蛇や蛙…、しつこいようだが、どうも自分はあの2人を疑ってしまうようだ。 今いるような環境ならば、特に身体がぬるぬるしている蛙の方が好みそうだ。 石を砕いて造られた階段をすべて下ったところで、一度足を止めた。 最初に借りたときよりろうそくは少し溶けてしまっているものの、まだ大丈夫だ。 「このろうそく以外に灯りはない。これは…、  歩目を探す以外にも、地上へ戻る分も残しておかなくては…。  今いる場所は、地上への階段の場所。ここだけは覚えておかねば…。」 時間が経てば、どんどん溶けていくろうそくのろうを眺め、 探すも帰るも短時間のうちに、と自分自身の注意を促す。 階段を離れ、今度は広く平らな場所に出たここなら、傾斜があるよりやりやすい。 大聖は、自分の武器である如意金箍棒(にょいきんこぼう:以下如意棒)を取り出し、 その一方の端を階段の壁に突き刺した。 残った端は己に手に持ったまま、如意棒だけを伸ばす形にして道しるべにする。 戻る際にこの如意棒を縮め、この場所に戻ろうという意図だ。 ろうそくと如意棒を持ちながら、大聖は広い場所へと変わった地下を探索する。 この場所は、階段を進んでいたときよりさらにじめじめしていた。 足で擦るように地面を探ってみれば、濡れていることがすぐにわかった。 一体何で濡れているのかは、雨が降り砂や砂利が濡れたときのにおいに非常に似ていることから、 井戸水の一部が漏れて濡れていることには、違いはないだろう。 これなら、可能な限りの長居が出来そうだ。 尤も、歩目1人さえ見つけ出せたら、それで完了なのだが…。 広い割には、部屋などは一切ない、ただの洞窟だった。 しかし、それだけに迷いそうな道やしかけもなく、 1つの大部屋を1人でうろうろしている心境に似ている。 …すると、洞窟の角の隅の方に、この洞窟には似合わない黄緑色の何かを見つけた。 それが一体なんなのかと、大聖は照明をその先に向け、更に近づく。 更に近づいてみると、その黄緑色の何かが植物人の女性であることがわかった。 「………っ!!!」 その正体に気付いた直後、大聖はろうそくと如意棒を持ったまま濡れた地面を走る。 植物人の女性は、身動きが出来ない状態だった。 しかし、それでも首から上の部分には手を出されてはおらず、会話は出来そうだった。 ………この洞窟にはなかったろうそくの明かりと、大聖に気付くと、 その植物人の女性も俯かせていた顔をあげ、大聖の方を見る。 「………そ、そなたは誰じゃ………?」 「………。」 自分の前に現れた大聖を見ては、女性も小さい声で話し掛けていた。 …自由を奪われ、拘束されている身にしては衰弱しているという様子はなかった。 …が、元気だという様子でもなく、頭についているかんざしの花は枯れかかっていた。 女性の安否を目で伺いながら、大聖は女性の目の前にしゃがみ込む。 「…お前が、歩目か?」 「…いかにも。」 大聖が少し表情を強張らせながら問うと、女性…歩目と小さくコクリと頷いた。 となれば、歩目の知り合いであるボレーラが言っていた、 大蛇にさらわれたという女性は、この歩目のこと。 それを確定づけるために、大聖は自分の正体を悟られないように控えめに話す。 「…なんで、こんなことになってしまってるんだ?  一体、誰がこんなことをしたんだ?」 「それを知ったうえで、そなたは何をしたいのじゃ?」 「…特別な気持ちを持って知ろうとしているわけじゃない。  ただ、俺がこの国に来たとき、大蛇の件で騒動になっていた。  お前も、そのうちの1人だと思ってな。」 「ふむ、大蛇の件で、か…。」 大聖が落ち着きのない様子で続けて聞くが、歩目に動じている様子はなかった。 動じることなく、大聖が話したことに対して何も言わずに、ただ…頷いていた。 歩目のその様子を見て、大聖の心に焦りが募る。 …なぜこんな状態なのに、歩目はこうジッとしていられるのか。 「…大蛇の騒動話を聞き、愚かなのを承知でこの地に駆けつけてきたのか?」 「あぁ…。俺はその気だ。」 「一体何を考えておる。そなたは、大蛇が一体どんな奴なのかを知っておるのか?」 「知ってるさ。大蛇は竜と同じように、人を食うことで知られる。」 「それを知っていながら、本当になぜここにやってきた?  まさかとは思うが、大蛇を退治して首を奪う、など馬鹿なことを考えてはおるまいな?」 「………。」 言葉遣いが少し癪に障ったが、これは別に大聖を馬鹿にしているわけではない。 今のこの時代、そんな大蛇に自ら戦いを挑むというのは、危険極まりない行為なのだ。 馬鹿にはしていない、その証拠として歩目には大聖を笑ったり嘲ったりという様子がない。 今の歩目の様子を説明すれば、「何を馬鹿なことを考えている!」と険しい顔で注意するような様。 大蛇を自ら退治する。そう説明しても案の定…無謀なことだと言われた。 そんな歩目の台詞が、大聖は気に食わない。気に食わなかった。 この手の台詞を、エアリーと共に外に出るまでは長い間聞いていないため、 抵抗感が落ちているということもあるのだろうか。 ただ…、他人に自分の行動の末を勝手に決められることが、 いかに腹立だしいことなのかが、わかったような気がした。 「…確かに、身の安全を考えたなら、お前の言ってることもわからなくもない。」 「………。」 顔をしかめ、歯をギリッ…と噛みしめて、握り拳をつくる。 大聖の様子の変化を見て、歩目も目を細めて身体を起こす。 「そなたのようなひ弱な者では、大蛇を退治するなど、到底無理であろう。」 「だからっ!!それが駄目だと言ってるんだっ!!!」 歩目が淡々とした様子で…だか既に何かを諦めてしまったかのように言えば、 大聖が歩目と話す度に募っていった怒りを、爆発させた。 いや…、怒りとはいっても、それは決して憎む気持ちなどではない。 大聖は、歩目が心配だった。 神社の裏手の地下というわかりにくい場所に閉じ込められている。 歩目がここに閉じ込められる際、大蛇本人の姿は見ているはずだ。 そして、その大蛇は今はいないし、大聖が入り口を開けこの場にやってきた。 逃げるなら今のうちだ。 本来なら、それが出来るはずだ。 大蛇がこの場にいなくとも、大聖の手を借りて拘束縄を外せば、逃げることは可能だ。 植物、とはいっても歩目には人の特徴だって備えている。 自分が探しに来て、そして見つけたのにも関わらず、 出ようともしなければ助けも求めやしない歩目が、大聖は心配だった。 「諦めきったみたいに言うなっ!!ここから出ることなく、一生この暗い地下で過ごす気かっ!!?」 「そなた…、わらわの種族をなんと思うておる?わらわは、植物じゃ。  植物は自分の足では動けぬ。自分の手では物を掴むことが出来ぬ。」 「なら、お前のその腕手は!!脚足は!!一体なんのためにあるんだ!!!  それに、お前が俺とこうやって話している以上、お前はただの植物ではない!!!」 「手足…。」 「そうだ!!」 すっかり諦めている様子の歩目を説得させるべく、大聖は大声でそう叫んだ。 大聖がどんなにいっても、歩目も引くことなく自分のことを話す。 諦めている様子だが、その様は決して弱気にはなっていない。 自分の意思を貫き通せる程の自信がありながら、歩目はなぜ自分から出ようとしないのか。 その理由はわからない。だが、理解出来ないことはなかった………。 ━━━━━多分、彼女は昔の俺だ。 いや、昔といっても、エアリーに誘われて外に出る前くらいか。 『一緒に行かない?』 出たがらなかった昔の俺を、エアリーが誘ってくれたように、 俺が歩目を誘えば、歩目は動いてくれるのだろうか。 しかし、その誘い方を俺はまだ知らない━━━━━。 早くしなければ、大蛇が帰ってきて歩目が食われてしまう。 そうならない前に、せめて歩目をボレーラや夜魔の前に連れていきたい。 「………っとにかく行くぞ!!すぐに縄をほどく!!俺についてこい!!」 「ぬっ!?…、そ、そなた…何をする気じゃ!!?」 今は、早く歩目を外へ連れ出すことを選んだ。 大聖は歩目の背後に回り、歩目を縛っていた縄を解こうとする。 すると………。 「━━━━━よ…、よせっ!!わらわに触るなっ!!!」 『………ブンッ!!!…ドンッ!!!』 「━━━━━っ!!!?」 大聖が背後に回った直後、歩目が酷く動揺した様子で大聖の方を向き、 振袖の纏っている腕を振り回し、大聖の右頬目がけて抵抗する。 その腕が振り回されたとわかった直後、大聖は咄嗟に反応してその抵抗を防ぐ。 振り回された腕が自分に当たる前に、大聖も右腕を縦方向にしてガードした。 その防御の早さを見た歩目が、ハッとして大聖を見た。 一方の大聖は、歩目が腕を振り回した際に、振袖の隙間から除いたそれを見てしまった。 ━━━━━歩目には、手がない。 腕から手首にかけて、まるでその部分だけ何かに引き千切られたように、手首から手にかけての部分がないのだ。 大聖はそれを見て、物凄く驚いた顔をして………絶句した。そして大聖のこの態度で、 歩目も自分にとって見られたくなかった部分を見られてしまったということを、悟る。 「歩目っ…!?…お前、その手は一体…!?」 「………あぁあっ………。」 大聖が困惑した様子で言えば、歩目は力を無くした声をあげ、ガクリと肩を落とした………。 「………見られなくなかった。これだけは、見られたくなかった。」 「………!!?」 肩を落とし、その場にペタリと座り込んでは、掠れ始めた声で何度もそう呟く。 今のこの様に威厳はなく、弱弱しい様。 様子が一変した歩目に、気まずそうにしながらも座り、 歩目に恐る恐る話し掛ける。 「………歩目、まさかその腕………、大蛇にやられたのか?」 「見るな、見るな…。わらわ自らの誇りであった美を追求した挙句の、この無様な姿だけは………。」 「自らの誇りであった美………?」 「っ………。」 振袖から覗く腕を隠し、冷静さを失ったかのように首を左右に振る。 首を強く横に振れば、植物特有のみずみずしさを含んだ髪も、乱れていく。 首を強く振った後、自由に聞かない、縛られた両腕で自分の顔を覆った。 無くなった手を見られた後の、この変わりよう………。 歩目にとっては、どうやら物凄いコンプレックスのようだったらしい。 『自らの誇りであった美』という言葉の意味はさっぱりだが、 なくなった手のことを考え、大聖もまた…再び嫌な予感がする。 「…その手の無い腕そのものをどうこう言う気はないが…、  歩目、それは一体いつからなんだ?」 「…っ…。」 「…なんとか言ってくれ。俺は…、その…、その腕を見て嫌な予感が過ぎったんだ。  まさかとは思うが………、お前の手を奪ったのは大蛇なのか?」 「………うっ………、うぅっ………。」 ………おいおい、詳しいことはわからないが泣き始めたぞ………。 なんか、こんなときに誰か来たら、俺が泣かしたと誤解を招きそうだ。 と、いうか…手のない腕を見られたことが、そんなにショックだったのか………。 自分が想像していたのとは別の意味で変わり果てた歩目を見て、大聖は深くため息をついた。 今の歩目の様子からいろいろ考えてみると、誰が来てもまずいような気がする………。 「(困ったな…。これは泣きやむまで、俺が様子を見るしかなさそうだ…。)」 大蛇のことで言い争っていたはずなのに、なんでこんなことになってしまったのだろう。 そんなことを、かなり困った顔をして…大聖は腕を組んで、 歩目が泣き止み、落ち着くのを待つことにした………。 ━━━━━誰も来てほしくないと望んでいたが、そうはいかない。 「━━━━━………これはやべぇな。けど、退治なんてことはおれがさせねぇからな!」 大聖と歩目の出会いは、大蛇の相棒である蛙が、しっかりと見ているのだから………。 『C-04 とつかつ』に続く。