「━━━━━…あれはボレーラか?一体あんなところで何をしてるんだ?」 大蛇の食事風景らしきものを見つけた後のこと。 早くエアリーの所へ戻ろうとエアリーを探していたとき、 ふと町はずれで棍棒のような棒を振り回しているボレーラを見つけた。 巨躯の身体にオレンジ色の髪は、遠くから見てもよくわかるくらいに目立つ。 大聖(だいせん)は、エアリーが一体どこで鍛冶をしているのかと、 ボレーラが今していることはなんだということ、 この2つの疑問を聞くために、金斗雲(きんとうん)に乗ったままボレーラのところへ向かった。 大聖が今見た光景は、ボレーラが棍棒を振り回して獣を狩っている光景だった。 また、町はずれの大木を見ると、そこには大きな網かごが立て掛けられており、 その中には…沢山の果物や植物が詰め込まれていた。 まさか、これは………。 『なかま』 「おい、ボレーラ!」 「んみゃっ!?」 狩りに夢中になっているボレーラの頭を飛び越え、 空中でくるりと宙返りをすれば、大聖がボレーラの目の前に現れるた。 鳥や獣、魚を中心とした大型動物を狩っている自分の目の前に突如大聖が現れたことにより、 ボレーラは大きく取り乱し、片手に持っていた棍棒が手の中からすっぽ抜けてしまう。 それが後方へ飛んでいき、やがて地に落ちたかと思えば『ドスンッ!!』と大きな音を立てた。 その大きな音がなったと同時に、目の前に現れた大聖の顔を、驚いた顔をして見る。 「だ…、大聖!?いつの間にここにいたがや!!?」 「大蛇らしき奴を見つけた後、エアリーはどこに向かったのかと探してたらお前を見つけたんだ。」 驚きながら問いかけるボレーラを見て、大聖が小さくため息をつく。 …まったく、この鬼人は緊張感のない…。 内心そう思いながら、大聖がボレーラの方を向き直る。 「お前、こんなところで何をしてるんだ?エアリーと夜魔はどうした?」 「んみゃ?エアリーには、工房の場所教えてからは別行動を取ってるがや。  夜魔は、おいらの肩の上で寝ちまったがや。  あと、おいらはおみゃあやエアリーが腹すかすと思って、狩ってるがや。」 「…ん?食事にために動物を狩れなんて、俺もエアリーも言ってないはずだ。」 「それはおいらも覚えてるがや。…本当は、  大聖が教えてくれた神社の裏から通じる地下に行こうって考えたがや。  けど、灯りをともせる夜魔が寝ちまったがや。」 「…だから、地下に行くのは断念した、ということか?」 「んみゃ。夜魔は夜行性だがや。だから、これまで起きてて疲れちまったんだがや…。」 「夜行性、か…。」 少ししょんぼりとした様子でボレーラは正直に話した。 本当は、エアリーが話したように、ボレーラは夜魔とともに歩目を探しに行きたかった。 とはいっても、地下という場所がどれだけ暗い場所なのかは、ボレーラもよくわかっている。 そこで、夜魔の発光体を借りて向かうつもりだったのだろう。 だが、その夜魔は昼間での活動に慣れておらず、疲れ果ててしまい、今に至る。 なので、ボレーラは本来したいことが出来なくなってしまった。 それでも、自分に何が出来るか、力になれそうなことを考え、 今のような行動に出たのかもしれない。 自分では力になれないとしても、自身に出来ることをしたい、と。 そして、それで皆の支えになれるなら………。 ボレーラの落ち込んだ様子と、ぐっすり眠った夜魔。 2人の様子を見て、大聖もまた…、自分の中である後悔をしていた。 大蛇に狙われてしまうかもしれないエアリーや歩目の命のことや、 その大蛇を退治するという、密かに与えられた使命。 この2つのことばかりを考え、ボレーラのような気配りが出来ていなかった、と。 気配りが出来ていなかった、それはボレーラや夜魔に留まらず、歩目に対しても同じことが言えた。 2つのことを踏まえ、自分が皆を守らなければならないと考え、 その考えのまま焦りと不安の駆られるように行動していく中で、 自分は回りの者達の気持ちに耳を傾けることが出来ていなかった、と。 大蛇を退治する前に、エアリーが剣を造り上げる前に、歩目を助ける前に。 「………俺達が力尽きてしまったなら、もともこもない………。」 「…大聖?」 ボレーラに背を向け遥か彼方の景色をぼんやりと眺めながら、大聖は悲しそうに呟いた。 「━━━━━ボレーラ。」 「んみゃ?」 「とりあえず、エアリーがどこにいるのかを教えてくれ。  俺は先にエアリーの様子を見に行く。  お前は…、狩った獣や野菜を持って、茶店に向かってほしい。  俺もエアリーを連れて、そこに行くから。  遅くなってもいい。場所さえわかればいずれは着くだろうからな。」 「んみゃ!じゃあおみゃあらが帰ってくるまでに飯作って待ってるがや!」 「あぁ、頼む。」 申し訳ないという曇らせた顔で大聖が頼むのにも関わらず、 ボレーラはそんな大聖の頼みを、快く引き受けてくれた。 笑って返せば、温かく自分達を待つと言った。 大聖は、それが嬉しかった。 ━━━━━お腹すいてきたなぁ。 ━━━━━そう言えば、わたし今日最後にご飯とか食べたの、いつだっけ? ━━━━━あれ?今のわたし、もしかしてお昼ご飯抜き? ━━━━━ま、まさかそんなことないわよね? ━━━━━で、でもだんだん胃の辺りがキューって痛くなってきてるような…。 ━━━━━今日の朝ご飯、何食べたかなぁ? ━━━━━その頃、エアリーは鉄の鍛え作業を終わらせ、 形作った鉄を冷やし、仕上げ作業に取り掛かっていた。 これから行うことは、細部の形や鋭い刃に仕上げていく研磨作業。 研ぎ石を片手にその工程に移ろうとしたところで、 目の奥が痛くなり、また腕や足も悲鳴を上げ始めた。 剣に見えるくらいにはなった鉄と研ぎ石を床に一旦おき、 右手を口元に持っていって押さえれば、大きな欠伸が出た。 その後、「う〜ん…。」と背伸びをし、両腕両足を伸ばす。 長時間同じ体勢で作業をしていたがために、身体が疲れてしまったらしい。 それでも、早いところ十拳剣(とつかつつるぎ)の代わりになる物を造らんと、 少しだけ準備体操をしてから、再びそれらを手に持ち、作業に戻ろうとする。 大聖がエアリーのいる工房にお邪魔したとき、 今からまさにそれをしようとしているエアリーへと、真っ先に目が行く。 それを見つけ、鍛冶道具が散らばる床を早歩きで進み、 『………スッ。』 「━━━━━ふえぇっ!?なっ…何!?誰なのっ!?」 筋肉疲労と眠気により後ろへ倒れ込もうとしたエアリーの身体を、後ろから支えた。 背後からいきなり両肩から両腕にかけてを触られ、エアリーはビクリと身体を起こす。 驚くままに自分の背後にいる誰かの方を向けば、 その誰かの姿を目で確認すると、心底ホッとした様子で笑みを浮かべる。 …が、疲労と眠気が蓄積しているためか、その笑みには普段のような元気はない。 「…ってなんだぁ。大聖かぁ…。」 「悪かったな。なんだで。」 疲れた証拠である半目で大聖を見れば、安心したように言った。 エアリーの疲れ果てた様子を一瞬悲しそうにして見ながらも、 大聖もまた…、安心した様子でエアリーを見た。 ボレーラや夜魔、歩目に気配りが出来ていなかったように、 目の前にいるエアリーもまた…、自分が振り回してしまった。 それでも皆が『嫌だ。』という態度やイライラした様子を見せないのは、一体どうしてだろう? 「…エアリー。お前…疲れてないか?」 「うんー?そうね…。そろそろヤバイかな…。」 「そうか。じゃあ一旦ボレーラ達がいた茶店に戻るか?」 「戻る?…いいの?わたし、剣まだ完成してないわよ…?」 「それが今日のノルマだと誰かに言われたのか?」 「ううん?そういうわけじゃないけど、…急いだ方がいいんでしょ?」 「俺も頼みはしたが、急げと言った覚えはないぞ。」 ときどき会話の中に欠伸を混ぜながら話すエアリーに、大聖も微苦笑しながら話した。 確かに急げとは言ってはいない。 しかし、歩目の命と大蛇の退治、やはりこの2点がエアリーを無意識に急がせているのだろう。 仕事となれば納期や期限も存在する。急いでないからといって遅いのは当然駄目だ。 そうはいっても、自分の都合で勝手に期限を設けることも安易な考えでしてはいけない。 ただ…、自分自身の限界が来てなお、それらを優先しようとするのは━━━━━。 「エアリー。」 「なぁに…?」 「ボレーラが、俺達のために自分で狩った食材を料理して、俺達が帰るのを待ってる。」 「ボレーラが?」 「あぁ、そうだ。彼の親切心もある、ここはお言葉に甘えて一旦帰ろう。」 「………。」 大聖が少し困ったような顔をして笑えば、エアリーもぼんやりとした様子で見つめた。 エアリーが見つめたその先にあったのは、自分が造った大まかな剣の形。 …本当は、もっと続けたいのだろう。自分の好きなことなのだから。 それは声に、言葉に出なくともエアリーのその視線でよくわかる。 だが、自分の身体が悲鳴を上げた。それに逆らってはいけない。 …エアリーは自分が造った大まかな剣の形を手に持ち、 右目を右手で擦りながら、大聖の元へ向かった━━━━━。 ………。 「━━━━━おっ!おかえりだがや!待ってたがや!」 「………。」 大聖に言われるがままに、エアリーは大聖と共に茶店へと帰った。 ボレーラが起こした騒動により破壊された引き戸も、 2人がここに来るまでの間に、直しておいたのだろう…壊れたものと思う跡がなくなっていた。 自分に挨拶をするボレーラと、そのすぐ傍で無言で手を振っている夜魔の姿があった。 ボレーラが作ってくれているご飯に匂いが、鼻をくすぐる。 そのおいしそうな匂いに惹かれるように、エアリーと大聖が茶店を上がれば、 それを確認した夜魔により、奥の丁度4人分くらいのちゃぶ台のある一室へと案内された。 「…旅を続けてる間は、1人か2人で食事かと思ったけど、  こういう迎え方をされると、温かく感じるわね。ねぇ、大聖?」 「………。」 「大聖?」 「…ん?あ、あぁ…。」 ちゃぶ台に並べられた前菜や白いご飯を見て、エアリーがほっこりした様子で言えば、 隣を歩いていた大聖も少しあたふたしながらも頷いた。 …こんなことが、これから先ずっと続くとは思わないが、 このような温かい光景を見ると…、先が思いやられるということはないだろう。 「うわぁー!!すごーい!!おいしそー!」 「…こういうのは、久しぶりだな。」 「んみゃ、皆好きなところに座るがや!」 「あ、うん。」 出来上がった料理を運びながら、ボレーラが2人の背後からそう誘った。 そう勧められて今更嫌だとは言えないし、温かさに対して遠慮する必要はない。 エアリーと大聖は、一足先に料理の前に座っている夜魔を挟むように、席についた。 残った最後の1つの席に、料理を運び終えたボレーラも座る。 倭国で暮らし、倭国で食を作る身というわけに、ボレーラの料理からは素朴な感じがした。 「それじゃあ、いただくがや!」 「いただきまーす!」 ボレーらとエアリーが満点の笑みで挨拶をすると、各自料理に手を付け始めた。 ちゃぶ台の上に配られた味噌汁に手を伸ばせば、両手で持って汁をすする。 「うん、おいしいわ!ボレーラって料理がうまいのね!」 「それに加え、自分で狩りをして食材も調達出来るからな。食のことは熟知しているようだ。」 「んみゃー、それほどでもないがや!おいらはただ、  夜魔や歩目の分を毎日作ってたら、今の味になっただけがや。」 「…え?じゃあボレーラが皆の分料理してるの?歩目や夜魔は?」 「歩目も夜魔も、釜戸の火が苦手だがや。  あとは…歩目は自分で調理器具を持てないんだがや。」 「ん?…自分で物を持てないということか?それは一体どういうことだ?」 「あっ…、し、しまったがや…。」 最初に手を伸ばした味噌汁を味合えば、感嘆の声が出た。 自分達にとっての来客であるエアリーと大聖がそう言えば、ボレーラも少し照れくさそうに返す。 すると、ボレーラが誰が料理をしているのかを話すが、 その中に含まれている『歩目は物を持てない』という台詞に2人が反応した。 その反応を見て、ボレーラは自分が触れてはならないことに触れてしまったことに気付き、 料理をガツガツと食べていた手をピタリと止めた。 「しまった。」と言って、どうやってはぐらかそうと考えながら、 助けを求めるかのように夜魔の方を見れば、 …夜魔は、ジト目でボレーラの方を見ていた。 気分の高潮が原因だろう、調子に乗って漏らしてしまったのを見て、 夜魔はやはり何も言わずに、溜息をついた。 夜魔はどこまでも無口で、助言なるものさえもしてくれない。 この手のことは、ジェスチャーで伝えようと思っても難しいというのに。 「ねぇボレーラ。歩目って自分で物を持てないって本当?」 「…そう言えば、俺も歩目に会ったとき…。」 「………そんなに気になるがや?」 「うーん、どちらかと言えば。だって、家庭での料理って大方女の人がやるものじゃないの?」 「………。」 エアリーが疑問を投げかけ、大聖は気付いたことを述べた。 いかにも知りたいという様子の2人を前に、ボレーラも固まって黙り込む。 疑問を察し、その2つを前にはぐらかすに当たっての手段は、 ボレーラの頭の中で砕け散った。 その後、両手を上げている夜魔の方を見てから、 ボレーラは歩目の手足の件について、説明を始めた…。 「………実は、歩目には手足がないんだがや。」 「手足がないですって…?ねぇ、それってまさか…。」 「んみゃ。歩目は身体の成長にあたって、手足を切り落とされちまったんだがや。  歩目みたいな、花を咲かせる植物人に対しては、美にこだわる庭師がうるさいんだがや。  歩目の場合、かんざしの紅色の花がそれだがや。」 「かんざしの花…。あぁ、あれがそうなのか!  あの花、俺が今日会ったときは枯れ始めていたぞ?  多分、地下洞窟に流れる水を吸いすぎて、根腐れを始めてるんだろう…。」 「は、花が枯れ始めたがや?」 「あぁ、俺が会ったときはそうだった。茎とも言える身体はまだ枯れてはいなかったが…。」 「ねぇ、そのかんざしの花が枯れることは、歩目にとってはまずいことなの?」 「植物人が咲かす花は、他の種族でいう心臓みたいなものだ。  その花が枯れるというのは、言いにくいが………死の前兆だ。  その花が枯れ身体も枯れてしまったなら、やがては死んでしまうだろう。」 「そ…そんな…!大変、歩目を無理にでも外に出さなきゃ!!  大蛇に食べられる前に、そっちで死んだら本当に終わりよ!!?  大聖、本当になんで歩目は外に出たがらなかったの!!?」 「そんなの、俺が聞きたいくらいだっ!!!」 ボレーラが歩目に抱えている事情を、顔を暗くして話した。 植物人というのは、同じ生物ではあるが他の種族とは少し異なる点がある。 まずは、心臓の役目を果たす器官が、花の状態で剥き出しになっていること。 もう1つは、口だけではなく身体全体に水分を吸収する特性があるということ。 歩目を連れてこなかったことに対し、エアリーが動揺しながら話すと、 大聖が怒りながらもやるせないという様子で怒鳴った。 …そもそも、外に出そうと大聖が行動に出たものの、 そんな植物人である歩目自身がそれを拒んだのだから。 だが、ボレーラの話から伺うと、 自らの美にこだわる歩目が取り乱したのは、 その手足のない腕を見られたためかもしれない。 …外に出たがらないのは、案外このあたりなのだろうか。 焦るエアリーと怒る大聖を交互に見てオロオロしながらも、 ボレーラはかなり困った様子で続きを話す。 「…そういう歩目は、美意識とか強いがや。  けど、その分手足ないのに酷いコンプレックス持ってるがや。  歩目は、そのコンプレックスを知られたくないんだがや。」 「…?…!まさか、あのとき歩目が取り乱したのは…。」 「あら?どうしたの夜魔。メモ書きなんか持って…。」 「………っ。」 「………うん?『枝分かれしていない、それこそが美。』  『しかし、自分の身体の一部を失ってまで美にこだわる意味があるのか』。  …ですって。でもこれは一体どういうこと?」 「美のためとはいえど、ニ度と戻らない手足を失う必要は本当にあったのか、ということだろう。」 ボレーラの話や夜魔のメモ書きを見て、エアリーと大聖が互いに顔を見合した。 そして、暫く見つめ合って、互いに考える。 ━━━━━まさか、歩目は自殺する気でいるのだろうか? 回りにとっては綺麗に見えても、本人がそうなら…。 ……………美にこだわると同様に、普通の人に戻りたいってこと? ━━━━━わからない。とはいえ、ボレーラから話は聞いた。 問題は、どうやって歩目を助け出すか、だ。 ……………ボレーラや夜魔から事情は聞いたわけだし。 あと、わたしが造ってる剣と、大蛇退治。 ━━━━━そうだな…。 「…ねぇ大聖。あなたは大蛇の食事風景を見たって言ってたわね。」 「あぁ、そうだが…。」 「大蛇のことに関しては、あなたを信じて託すしかないわ。  でもその間、今度はわたしが歩目に会ってみる。  ボレーラや夜魔も一緒なら、歩目も気持ちだって動くかもしれない。」 「…そうだな。俺もそれがいいと考えていた。」 考えたその結果、ある決心がついたらしい。 エアリーが真摯に言えば、大聖も頷いた。 話し合ったことは、今溜まっている疲れを癒してから実行する気でいる。 歩目の容態は確かに気になる。しかし、今は自分達の心身にも疲労が蓄積している。 ………。 「━━━━━ねぇ、ところでボレーラ。夜魔。」 「んみゃ?」 「これから話すことは、歩目が揃ってから改めて話そうって思ってるけど………。  もしよかったら………━━━━━。」 『C-06 こうしょう』に続く。