「━━━━━あぁ、成程…。そういうことか…。」 大聖(だいせん)をジロジロ見ながら、宮守(りもや)がニヤリと笑って口を開いた。 一度、手に持っていた剣を降ろし、活発に動いていた蛇の頭…髪も落ち着かせる。 宮守のその変化に、大聖も戸惑いつつ如意金箍棒(にょいきんこぼう:以下如意棒)を振ることをやめた。 「おまえがぼくの正体に気付いていたように、  経った今ここで…、ぼくもおまえの正体に気付いた。」 「………っ!!?」 「どうりで強いと思ってたが…、まさかこんな目の前にいるとはな。  ………過去に、沢山の竜や大蛇を退治…、いや…殺した神がな………。」 僅かに俯かせていた顔をあげ、宮守が大聖の方を見てそう言った。 戦っているうちに、宮守は大聖の実力を見て違和感を感じていた。 『おろち』 ━━━━━自分が大蛇であることに気付いたうえ、 そんな自分と互角に戦え合っていた。 …ただの獣人なら、よほどの腕と価値の高い武器を手にしない限り、 大蛇相手に渡り合うことは出来ない。 大蛇…彼等は竜と同じように、古くから生存し続ける怪物なのだから。 その怪物が誕生したのは、人の前に生物、 生物の前に怪物…と進化と退化をしていくそのずっとずっと前の話。 生物や人が栄えるずっと前…そう、神話時代から存在している悪魔だ。 そのときから生存しているうちの1人である宮守は、未だ強大な力を残している。 それに対し、過去に時代に滅び、今の時代に栄えている生物は…それを持たない。 そんな生物は、怪物にどうあがいても敵わない。 宮守も最初は、大聖のことをそう考えていた。 しかし、戦えば戦う程感じることが出来た、大聖の実力。 それは…、かつて自分達を退治し、権力を誇示しようとしていた神々のものに、瓜二つだった。 そして、その大聖はこの時代に残る神として、自分を殺そうとしている。 獣人と鱗人の関係、それは獣に捕食される爬虫類を想い浮かべたら、すぐにわかる。 ━━━━━弱肉強食。強い者が生き残り、弱い者が死ぬ。 時間の流れと共に強くなり続けなければ、生きていけない。 弱いままだと、取り残され…やがては強き者に命丸ごと飲み込まれてしまい、 命は救われたとしても、…その心はいずれは見捨てられてしまう。 ………自分より強く、種族の位としても高い大聖が自分を殺そうとしている。 当然、宮守からしてみれば悪気もなければ大した理由もない。 大聖が宮守と戦い、そして勝つ…。宮守からしてみれば理不尽なことだ。 その理不尽に反抗するか、素直に相手の主張を受け入れるか。 そのどちらにせよ、今後自分が平穏に暮らせるという保証はどこにもない。 そんな宮守が生きるなら、目の前にいる大聖を撥ね退けるか、あるいは逃げるしか、…ない。 こんな血に濡れた場所にいて、助けを呼べないなら尚更だ。 ━━━━━“自分を助けられるのは、自分だけだ。” 今日が命日になる。それを覚悟したうえで、宮守は…再度剣を構えた。 一方、自分の正体を気付かれた大聖は、かなり強張った表情をしていた。 宮守に決してその気はないとしても、これを知られるということは、 弱みを握られたということに等しい。 弱みを握られたうえで、この正体を周囲にバラされ、また…過去と同じ目に遭ってしまう。 そのシミュレーションが脳内映像となって頭の中に流れた。 大聖の方も、自分の正体を広められるわけにはいかないと、如意棒を構えた。 自分の正体が周囲に知られたら、 ………皆からの、攻撃の対象にされてしまう。 ━━━━━それに耐えられるか耐えられないか。人の精神は、動物の精神より脆く、弱いモノ。 宮守が怪物としての仮面を選び出したのに対し、 大聖が出した仮面は…人としてのものだった。 「━━━━━俺の正体を口にするなっ!!!気の悪いっ!!!」 「………っ!?」 直後、大聖が憤慨した様子で如意棒を振り上げ、宮守に飛びかかった。 このときの大聖の心にあったのは、不安と焦燥、そして…苛立ちだった。 それらが怒りとなって表に表れている。大聖は先程とは違い、冷静さを失っていた。 大蛇に対する怒りと、自分の心の傷を突かれたくないという恐怖が絡まり合うことで、 大聖の心から平常というものを奪っていったのだった。 宮守の方は、咄嗟に振られた如意棒を見て右に動き、それを避ける。 宮守に避けられたその後も、すぐに向きを変えて如意棒の先を突き出す。 焦った様子で振られたそれにはキレも俊敏さもなく、ただがむしゃらに振られただけだった。 宮守がその攻撃も避けると、大聖の背後に回った。 怒りと焦り、そして恐怖により平常心を失っている。 動物から人間に心が切り替わった大聖など、 その人間を食う大蛇の宮守に………、敵うはずがなかった━━━━━。 『━━━━━ヒュンッ………ガシッ!!!』 「ぐあっ………!!?」 自分の攻撃が避けられたその後、大聖に身体に何かが巻き付いた。 それは、蛇の頭となり自分を睨む、宮守の長い長い髪。 巻き付かれては自分の身体を『ギュゥッ………!!』と締め付ける。 巻きつかれると、心だけではなく身体までが苦しいと悲鳴をあげた。 「馬鹿め!戦いの場で自己を保てなくてどうする!」 「………っ………!」 宮守の嘲笑を含ませた台詞が飛んでくると、大聖も苦しそうに顔を歪めた。 そう…、一度自分がやるべきことを担い赴いたなら…、その場所はもう戦場だ。 戦場…それは特別戦うことに限定したことではない。人間の場合は…。 宮守の髪…蛇の身体が容赦なく大聖を締め上げる。 ………助けを呼びたい。でも、こんなところでそれを呼んでも、誰も助けてくれない。 大聖が身体に巻き付く髪をなんとか解こうと、動ける範囲で抵抗する。 しかし、髪は自分の身体を締め上げる一方で、拘束が解ける気配を見せない。 大聖を締め付ける宮守の髪の先が、一斉に大聖の方を向いた。 大きく口を開いて構え、大聖にそのまま噛み付こうと睨む。 宮守は、血に濡れた剣先を、大聖の首元に近付けていた。 ………このままだと、食われてしまう。 『━━━━━この絵は、蛇に捕食される犬か猫のよう………。』 そのとき、大聖のものでも、宮守のものでもない誰かの声が聞こえた。 …ここに来てからずっと息をひそめるように見ていた。 2人の戦いをもはや見ていられないという焦った様子で、 歩目(あゆめ)、夜魔(よま)、そしてボレーラが駆け付ける。 3人が姿を現し、宮守を止めようとして走ってくる。 弱いゆえに助け合うべきの人なら納得がいく行動、 だが…生死の境で生き続ける動物なら納得のいかない行動に、 大聖が締め付けられたまま、駆けつけてくる3人に向かって叫ぶ。 「━━━━━大聖っ!!!!」 「………来るなっ!!!」 3人のうちの1人…歩目が名前を叫ぶが、大聖がそれを拒絶した。 たとえ3人が駆け付けたとしても、大蛇を前に何もすることが出来ないとわかっているからだ。 いや…、それよりも、それを踏まえたうえで、 自分だけではなくこの3人にも災厄が振りかかってしまうことを恐れたためだ。 大聖と宮守は、なぜこの3人…中でも歩目がここにいるのかを知らない。 3人が乱入しようとしたその際、一瞬だけ驚いた顔をするものの、 今はそれを気にしている場合ではないと、とにかく来るなと言い続ける。 3人が駆け付けた際、宮守が剣先を3人の方へ向け、睨んだ。 蛇睨みをするその目に恐怖感を抱きつつも、 歩目がボレーラの肩に乗ったまま宮守に叫ぶ。 「っ…!…そうじゃ!!わらわをあの地下に閉じ込めたのは、そなたじゃ!!  宮守っ!!悪いことは言わぬっ!!早くそやつを手放せっ!!」 「ぼくを殺そうとしてるやつを、手放すことなんか出来るものかっ!!」 「うぐっ…!!」 「大聖っ!!!」 …何も出来ないのなら、せめて弱き者を助ける人として説得しようという。 歩目がやめるように叫ぶが、既に動物としての闘争本能が爆発した宮守には…届かなかった。 自分より格上の種族、それに加え神という憎むべき存在である大聖を前に、宮守を容赦しない。 己の心の傷をいじられ、精神的に弱ったところを宮守は付けこみ、大聖を動けなくした。 後からやってきた3人がすぐにやめるようにいうが、宮守はそれでも話さない。 身体を締め付けられ続けた大聖の片手から、如意棒がゴトリと落ちた。 全身に押し寄せてくる力に耐えられず、握られた手が勝手に開いてしまったのだ。 大聖の武器である如意棒が落ちた場面を目にしたボレーラが、 せめて武器だけでも手渡そうと、歩目を肩に乗せたまま駆け寄り、如意棒を手にしようとする。 ボレーラのその行動さえも、宮守は見逃さない。 大聖に巻きついていた髪の数本をボレーラの方へ向け、 如意棒を拾おうとしたボレーラの右手首に巻き付け、それを阻む。 「んみゃっ!!?」 「させないっ…!!加勢はさせないぞっ!!」 「ボレーラ!!だから言ったろう!!皆が手を出せば、皆まで巻き込まれてしまう!!」 「大聖、しかしこのままじゃあ…!!」 武器を手にし、大聖を助けようと試みるも、それはすぐに阻まれた。 それにより、大聖だけではなくボレーラも大蛇の髪に締め付けられることとなる。 脈の通った手首を中心に、宮守はギリギリとボレーラを締め付ける。 ボレーラの手首が痺れ始めた。 直接手首を切ることとは異なるものの、血流が悪くなっていき、 やがては止まり…死に至るかもしれない。 大聖よりはるかに大柄なボレーラ相手にも、宮守は怯むことなく攻撃を繰り出す。 締め付けられたボレーラを直視することになってしまった歩目は、 険しい表情をして3人を眺める。…手足のない自分は、 大聖のように戦うも出来なければ、ボレーラのように助けることすら出来ない。 …そこで歩目は、1人手の空いている夜魔の方を向いた。 「………こうなってしまえば、もはや可能性は1つしかない。  夜魔、少しこちらに来い。ただし、ボレーラの身体に隠れ、  宮守に気付かれんようにな。」 「………?」 歩目は小声で話し掛けると、夜魔は発光体を発光させるのをやめ、影から近寄った。 ボレーラの大きな背中にぴったりをくっつき、宮守にわからないように隠れる。 そこに隠れた状態で、歩目を見上げることで次の指示を待つ。 歩目は、たった1人行動が許されている夜魔に、託すことにした………。 「━━━━━頼む。エアリーが剣を造り次第、  エアリーとあの少年をすぐにここに連れてくるのじゃ。  それまでは…、なんとかわらわで時間稼ぎをしてみようぞ。」 「………。」 「この影の中に消えてなら、いくら宮守とはいえ見つからん。  やつは、大聖とボレーラに気がいっとる。  心配しなくてよい。…ゆくなら今じゃ!」 「………………。」 歩目が真剣な態度で頼めば、夜魔も不安そうながらもコクリと頷いた。 その後、歩目の確認の頷きを見ず、すぐに暗闇へと消えていった。 夜魔がこの場を去るのを目で軽く見てから、歩目は宮守の方を向き直る。 宮守の髪は、表情は、目は…大蛇(おろち)状態のままだ。 「(………宮守の戦闘体勢はまだ続いておる。)」 恐ろしい大蛇としての、本当の姿を見せている宮守を見て、歩目も冷や汗をかく。 大聖も、ボレーラも。…大蛇の身体に自分の身体を締め付けられている。 夜魔がエアリーと井守を連れてきて、尚且つ剣を大聖に渡さない限り、この戦いは終わらない。 しかし、いくら時間稼ぎが出来るとはいえ、 2人が来る前に大聖とボレーラが死んでしまえば、それで終わりだ。 戦えない。ならばせめて美しい植物らしく、 その注目を自分に向けさせようと、歩目は宮守に話しかけようと考えるも、 自分もボレーラ同様に身体を締め付けられるかもしれないと考えると、 警戒してしまい、話すことすら出来ない。 ━━━━━これが、現代に生きる大蛇の力というものなのだろうか。 せめて、大聖の拘束さえ解けたなら、いくらでも生存出来るかもしれないというのに………。 ………暫く、沈黙が続く。聞こえるのは、 大聖とボレーラの苦痛から来る喘ぎ声だけ。 歩目が瞬きをせずに宮守を見つめ続けていると、 宮守が血に濡れた剣を構え、大聖の命を斬ろうとしているのが伺えた。 その行動を見て、歩目は顔を青くする。 ━━━━━このままでは、本当に殺されてしまう。 ━━━━━ええいっ!夜魔は…、エアリーは一体何をしとるんじゃ…! 声にならない台詞を吐けば、宮守が剣を高らかに掲げ、 上から下に振り降ろそうとしているのが見えた。 「━━━━━い…、いかんっ!!!」 それをこの目で見てしまった歩目は、恐怖を含ませた驚愕の声で、叫ぶ。 「━━━━━大聖っ!!!!」 歩目が叫び、大聖に向かって剣が振り下ろされ、命を奪わんとしていた。 そのとき………。 「━━━━━大聖っっ!!!!!」 ━━━━━待ち続けていた声が、聞こえた。 『ブンッ!!!…ザシュッ!!!!』 「━━━━━っ!!!?」 宮守と戦っていた大聖の名を叫び、夜魔が連れてきれくれと頼んだ、 エアリーが両手で剣を持って走ってきたのだ。 走ってきたその後、大聖を締め付けている宮守の髪を、剣で斬る。 これにより、大聖は大蛇の拘束から逃れられ、身動きが出来るようになった。 …ものの、締め付けられた際に無理に抵抗していたため、 締め付けられた当初に身体に送られたはずの脳からの信号が、 遅れて身体の神経に送られてきたため、身体が勝手に動いてしまうという事態になった。 エアリーは、そんな大聖にようやく出来上がった剣を右手に握らせる。 「大聖っ!!皆っ!!お待たせっ!!ほら!!これがその剣よ!!!」 「エアリー…、お前っ…。」 身体中に締め付けられた跡が残っている大聖を心配そうな顔で見て、 エアリーが大聖に頼まれた剣を渡した。 そんなエアリーが先にやってきたなら、後から2人を連れてきた夜魔や、 今の宮守の姿を受け入れられまいと動揺している、井守(いもり)も姿を現す。 夜魔と井守の姿を見れば、宮守も蛇となった毛先を向けた。 …夜魔はまだしも、子のように可愛がっていた井守にまで、なぜそんな視線を向けるのか。 大蛇へと変貌した今の宮守には、人間の心は…残っていないためであった。 大聖との戦いとその中での心情の変化に伴い、今の宮守は人間性を失っている。 代わりに表れているのは、生存本能。 それが爆発している今の宮守には、母親にあるような慈愛というものは………ない。 「り…、宮守っ!!!?」 蛇となった毛先を向けられ、井守は危険を感じて身震いした。 井守に大蛇が襲いかかろうとするのを見て、エアリーに頼んだ剣を手に取った大聖が、 井守を庇うように前に出て、 『ブシュッ!!』 その蛇と化した髪を斬る。…しかし、斬ったその先からまた新たな髪…蛇が生えてきた。 それでも、エアリーが自分に剣をくれたことにより、 宮守に締め付けを警戒することなく、真っ向から戦える。 髪を斬られた宮守は、気に食わなさそうな仏頂面で大聖の方を見ていた…。 「………?………っ!!?…そ、それは………っ!!!」 だが、大聖が今受け取った剣を見て、すぐに驚愕の表情を見せた。 大聖の手に握られていたのは、過去に…自分達大蛇を退治する際に使われたとされる、 ━━━━━十拳剣(とつかつつるぎ)。 ………過去になくなった剣が、なぜこの場で存在しているのか。 大聖は、剣を渡して以降今の宮守を、ただ…愕然と見ていたエアリーに話し掛ける。 「エアリー、やっと来たか。」 「大、聖…?」 「お前がこの剣を造り、俺に渡してくれるのをずっと待っていた。」 「………。」 微笑しながら御礼を言う大聖を見て、エアリーも複雑そうにその場でペタリと座った。 そんなエアリーを見て、「…後は、俺に任せてくれ。」と呟き、 大聖は…、剣を構え、宮守に近づいた。 その剣を持って大聖が近づけば、宮守が一歩、また一歩と後ろにさがっていく。 自分達大蛇にとって恐るべき剣を持った今の大聖に恐れを抱いたわけでもなければ、 自分も剣を持って対抗する、という対抗心を燃やしたわけでもなさそうだった。 宮守は、剣を見てある1つの疑問を持っていた。 ━━━━━一体、誰が…どうやってその剣を見つけたのか。 その疑問が脳裏に浮かぶと、宮守の目つきが一瞬変わった。 エアリーが、持っていた鍛冶道具のボレーラの手首を締め付けていた髪を切ってあげた。 それにより、ボレーラもようやく拘束が解ける。 「エアリー…。ま、間に合ったがや…!?」 「………うん………。」 拘束が解けた後、ボレーラが心底嬉しそうに声をあげるも、 なぜか…、エアリーの様子には歓喜という感情がなかった………。 疑問を浮かべたところで、大聖が自分に斬りかかっていることに気付くと、 宮守もハッとして剣を構え直し、大聖の剣に対抗する。 今度は、剣と剣によるぶつかり合いが始まった。 ━━━━━再び戦いを始めた2人を見て、エアリーは1人悲しそうにしていた………。 『C-09 ちょうわ』に続く。