エアリーがくれた、十拳剣(とつかつつるぎ)に似せて造られた剣を片手に、 残ったもう片方の手に、自分の愛用の武器である如意金箍棒(にょいきんこぼう:以下如意棒)を持つ。 両手に武器を持った大聖(だいせん)が、双方の武器を構えて宮守(りもや)の方を見つめる。 一方の宮守は、大聖の手に握られた剣を目を見開いて見つめ…、 大聖が自分に向かって走ってくることがわかると、すぐに目つきを変えて自分も剣を構えた。 ………激しい戦いの中で、その剣をじっくり見ることは出来なかったが、 宮守の剣がなんの剣なのかを………、大聖も察した。 宮守が持っている剣は、過去の存在したと言われている大蛇が所持していたという、 ━━━━━草薙剣(くさなぎのつるぎ)。 『ちょうわ』 「━━━━━伸びろっ!」 宮守の方へ走る際、大聖が如意棒を見ながら叫んだ。 すると、先程まで短かった如意棒が見る見る長くなっていく。 長くなった棒の先でリーチを稼ぎ、近づかずして宮守に振り下ろす。 その棒が頭上から振り下ろされると、宮守は後ろに身を引いて避ける。 避けられた如意棒の先端は地に激突し、『ドスンッ!!』と音を立てた。 重い音を立て地に落ちた如意棒に、宮守は身軽に飛び乗り、 そのまま棒の上を走り、大聖に向かって草薙剣を真横に振るう。 「………っ!!」 『………キンッ!』 草薙剣の先が来ると、大聖はもう一方の手で剣を振るい、刃を防ぐ。 本物の十拳剣には敵わないにしても、蛇の頭を斬ったり、 攻撃を防いだりという防御の役目を果たすには十分だった。 …大聖がその剣で自分の攻撃を防いだ際、宮守の目にそれが映る。 一見、自分が知る忌々しいあの剣と同じだったが、妙な違和感を感じた。 しかし、宮守がそれをゆっくり観察する間もなく、 大聖は剣と棒を構え直して低く跳躍して、宮守との距離を詰める。 その様は、兎跳びをしているようにも見えたが、 スピードは…、兎が跳ぶ早さのおよそ10数倍くらいはあった。 「(…攻撃を止むことなくすることで、あの剣の実態を悟らせまいというのかっ?)」 自分に近づくまでのほんの一瞬、宮守にそんな疑問が浮かんだ。 その問いに対してさえも、大聖が考える余地を与えない。 大聖が自分の後ろに回り込んだとわかれば、宮守は振り向くより先に毛先を大聖に向けた。 背後から攻撃しようと如意棒を振るう大聖を妨害しようとする。 また…、先程のように自分の蛇の頭で締めつけようとするが、 ………その手は、もう通じない。 大聖は、自分の伸びてきた蛇の頭を剣で斬り、宮守に迫る。 それによる妨害を撥ね退け、 『━━━━━ヒュンッ!!!』 『…ドゴンッ!!!』 「━━━━━がっ!!!」 宮守の背中の中心を如意棒で突く。 自分の抵抗を蹴散らし、背中から攻撃を受けたことで、宮守は短く悲鳴をあげた。 後ろから如意棒で突かれ、宮守は前方へ吹っ飛んでうつ伏せに倒れ込む。 ………大聖の攻撃を受けた宮守の様子を見て、 2人の戦いを傍観せざるを得ない状態だったエアリーと歩目、 そして井守(いもり)が…ビクリと身体を震わした。 …井守は、もう知っている。宮守本人の強大さと恐ろしさを。 そんな宮守…大蛇が追い詰められている。 自分の前に頼もしく、優しく、そして恐ろしく前に立つ宮守が、 大聖という格上の種族…、だが何者なのかをよく知らない者に、追い詰められている。 その大聖に、宮守が本当にやられてしまう。 …エアリーは、そのためにあの剣を造っていると思い込んでいた。 エアリーなら…後に大蛇とわかってしまっても、 宮守を見逃してくれるかもしれないと思ったから。 だが、その剣は宮守ではなく、大聖の手に渡ってしまった。 …いや、もしかしたら心のどこかでは、既にわかっていたのかもしれない。 ここに来る前、エアリーと一緒にいたボレーラが言っていた。 “その剣を造らないと、大蛇には勝てない”ということを。 ただ、その大蛇がまさか…宮守のことを指すとは、認めたくなかった。 不安と恐怖で強張った顔の井守。 そんな井守の隣では、大聖に剣を渡したエアリーが座ったまま…2人の争いを見ていた。 しかし、その表情には喜びや達成感というものはない。 武器が出来て、それが大聖に手に渡って、そして大蛇退治に役立ってくれたなら。 戦えない自分が、戦える者の役に立てたということに、大きな喜びを感じただろう。 ━━━━━大聖が言った大蛇というのが、鍛冶を教えてくれた宮守でなければ………。 ━━━━━わたし、なんで武器なんか造っちゃったの? ━━━━━戦える大聖に頼んで、恩師とも言える宮守を殺すため? ━━━━━………違う。わたしにはそんなつもりはなかった。 ━━━━━でも、わたしが造った剣は、確実に宮守を苦しめている。 ━━━━━1人、ポツンと置いていかれたような現状に、茫然とする。 声も出ない、悲鳴も上がらないエアリーが…ただジッと見つめていれば、 そんなエアリーに追い打ちを与えるかのように、大聖がある行動に出た。 それは…、倒れた宮守が衝撃により手放した、草薙剣の方へ走り出すこと。 宮守の剣を拾い上げ手に取れば、大聖はこの場にいる者達全員に向けてこう言う。 「━━━━━皆っ!!!」 大聖が叫んだ。…その表情と声には、怒りがあった。 「━━━━━宮守は大蛇だっ!!倭国で人を食いここに血の海を築いたのは宮守だっ!!  その証が、この剣だ!!これは草薙剣!!大蛇が所持し、伝え続けてるものだっ!!」 ………草薙剣。 武器のことや、それに関する神話や歴史を読んでいたエアリーには、聞き覚えがあった。 草薙剣。それはかつて存在していた神が、大蛇を倒した際に得とくしたと言われる、剣。 ………宮守が手にしているのが、それと同一のものなのか。 神話時代の武器なんて、もう存在などしないのではなかったのか。 大聖の行動や台詞を聞いていく度に、 エアリーはだんだん黙ってはいられなくなってきた。 宮守が今犯した罪を暴露してしまった大聖は、 持っていた剣を構え直して、倒れた宮守の背中に向ける。 それを見たエアリーは、冷や汗を流した。 ………エアリーが造った剣を手にしたときから、大聖の様子も変わった。 このような大聖の様子の変化は、宮守と井守の2人と初めて会ったときも見たことがある。 今戦っている宮守がそうであるように、目つきが人のものではなく野生動物のようになっている。 剣を手にしたことで、大聖の心に強さが戻り宮守の攻撃に怯まなくなった。 だが…、自分が造った剣が大聖に与えたのは、自信だけではなかったようだった。 自分が造った武器は、自分が思っていたこと以上のモノを与えてしまった。 大聖は自分の武器のせいで、人から動物へと心が変わった。 そのように心が変われば、大聖の闘争本能を剥き出しにしてしまった。 ………そう、大聖は自分のせいでこうなってしまった。 そして更には、大聖がそうなったことで宮守も殺されそうになっている。 「………あ………。」 エアリーとしては2人とも死んでほしくないし、誰かを殺すなんとこともしてほしくない。 しかし、双方の闘争本能が覚醒し、動物…野性化してしまえばそうはいかない。 ━━━━━弱肉強食。 ━━━━━生き残るのはどちらかだけ。 だが、唯一純人間であるエアリーには、それは理解出来ないものだった。 「………やめて………。」 一度見知って話したのなら、なんでどっちがが死ななくちゃいけないの。 仲良くなった人同士が、なんで殺し合わなくちゃならないの。 「…エアリー…?どうしたのじゃ?」 なんとかしたくてもそれが出来ない中、歩目がエアリーの様子の変化に気付いた。 エアリーが力なく立ち上がり、倒れた宮守ととどめを刺そうとしている大聖の方を見る。 ━━━━━大聖がこんなことになったのも。 ━━━━━宮守がこんなことになっているのも。 経緯をたどれば、根源的原因は…、自分にあった━━━━━。 「………………やめて………………!!」 大聖が、宮守の背中に向かって如意棒を突き刺そうとしたそのとき━━━━━。 「━━━━━もうやめてええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」 ━━━━━悲痛な叫びと訴えをあげ、エアリーは2人の間に向かって走り出した。 走り出した直後、歩目が自分に対し何かを叫んだようだったが、 走れば走る程、エアリーの頭からはそれは遠のいていく。 如意棒を突き刺さんとされた宮守を庇うように、前に出てしまう。 それを見た大聖が、愕然とした顔で自分を見て、自分の名前を叫んだように思えたが、 それは…、エアリーの目と耳には入らなかった。 宮守を庇うように前に出てしまったエアリーに向かって、 如意棒は、突き出されてしまう………。 『━━━━━ドスンッ!!!!』 ………。 ━━━━━こういうことなのだろう。こういうことに違いはないのだろう。 それをどこかでわかっていながら、それでも納得がいかない自分がいた。 この世界に住む多数の人種には、人工と野性を合わせ持つ。 今のような争いごとになると、潜在していた野性が表れてしまう。 もしそうなってしまえば、自分のような純粋な人間はその世界に入っていいものではない。 しかし…自分と相手、彼等は、互いに人同士として仲良くなっている者達でもある。 ………。 友達の死を、放っておけるわけがなかった………。 「━━━━━………。」 …エアリーが、大蛇状態のままの宮守に覆い被さり、その小さな身体にしがみついていた。 目をキュッと閉じ、宮守を殺させまいと宮守を守る。 暫くそうしていると、自分の身に何も起こっていないことに気付き、 エアリーはおそるおそる目を開け、宮守を殺そうとした大聖の方を向く。 …大聖は、宮守を殺そうとして突き出した如意棒を自分のもう片方の手で止めていた。 エアリーが自分にくれた剣を捨て、だがエアリー本人を殺さないようにと直前で攻撃をやめた。 エアリーが突如自分の前に表れた際の驚愕の様子は、…まだ残っていた。 だが、驚愕よりももっと大きくなっていた感情があった。 大聖は、自分を見つめるエアリーの方を見ると、…申し訳なさそうな悲しい顔をした。 悲しい顔というのはエアリーも同様だが、悲しさの理由は大聖とは少し異なっていた。 大聖が自分で自分の攻撃を止めたことを僅かに潤んだ目で確認すると、エアリーは立ち上がった。 そのとき、覆い被さっていた宮守の身体を起こし、支える。 宮守の顔と髪は、いまだ大蛇(おろち)のままだ。 この姿を見て、倭国で暴れている大蛇が宮守のことを指しているということは、 エアリーからしてみても、完全に違うとは言い切れない。 「………わかってたの?」 「………。」 エアリーが悲しそうに、小さい声で問うと、大聖は顔を俯かせる。 そんな大聖の様子に納得がいかない、今度は声を荒げていった。 「………宮守がその大蛇だって、大聖はわかってたの!!!??」 「………………っ。」 今度は、悲しさの中に怒りを含ませて…エアリーが叫んだ。 宮守の今の姿を見て、けっしてそんなわけではないと言ったところでは言い訳にもならない。 ただ…、顔を俯かせて黙っていた。怒鳴られた大聖は…、何も言い返さなかった。 何も言い返しはしなかったものの、大聖は表情を曇らせ、俯いたまま、 「━━━━━………すまなかった。」 ………小さく、勢いを無くした声で謝った。 「謝って済むことなの!!?宮守が死にかけたのよ!!!?  そもそも、宮守がその大蛇だってこと、なんでわたしに教えてくれなかったのよ!!!」 「…っ!!そりゃあ、隠くことにはなってしまったが━━━━━!!」 「隠すことになっちゃったって何よ!!!言ってくれなかったなら、  わたしはあなたに騙されたもの同然じゃない!!!  なんで言ってくれなかったの!!!」 「…それだけは違う!!俺にお前を騙す気なんてなかった!!!」 「あなたがそうでも、言ってくれなかったら結局は同じオチじゃないっ!!!!  …宮守が、宮守が最初から大蛇だってわたしがわかってたら、  剣なんて造らなかったわよっ!!!!」 「………。」 力なく項垂れた宮守の身体を自分の身体にもたれかけさせ、 両手に拳に握って、エアリーは叫んだ。 声を震わし、大聖に対する気持ちを、本音をすべて話す。 「わたしが武器を造ることを望むのは、殺人者を増やすためじゃない!!!  今回みたいに、誰かを殺すのに協力するためでもない!!!  種族ごとの差を、武器を持つことで少しでも埋めて対立や差をなくす、そのためよっ!!!」 「………差を、無くす………。」 …それが、エアリーの本当の願いなのだろう。 結果的には、それを手にする者の心に委ねられるものとはいえ、 特別悪い方面に活かしてほしいわけではない………。 叫んだ直後に、宮守の身体を抱き締めて…、エアリーは泣き出した。 …宮守の姿が、大蛇のものから人のものに戻っていた。 エアリーの望みを聞いた大聖は、悪いことをしたという気持ちでいっぱいになってしまった。 自分の種族は、この世界に存在する種族の中では上位に当たる。 しかし、その自分がエアリーに武器の作成を頼み、更に力を加え、 自分より1つ下位の種族である宮守との差を…、寧ろ大きくしてしまった。 …それに対し、『だからどうした』という野性本能が呟くのに対し、 『彼女を守るといったのに、悪いことをした』という人間としての本能が呟く。 …エアリーに抱かれている宮守の姿が戻ったのを見て、 井守が酷く心配したという混乱の表情で、 「━━━━━宮守っ!」 宮守の名前を呼び、力なくなった身体を起こす。 仰向けにしてみると、宮守はうっすらと目を開け、胸を呼吸で上下させていた。 宮守のこの様子から、生きていることと心も人に戻ったことを悟り、井守も…宮守を抱き締めた。 この宮守と井守の様子を伺ってから、エアリーが大聖に問う。 「2人のこの様子を見ても、………大聖、あなたは宮守を退治出来る?」 「………いや、出来ない。」 悲しそうながらも小さく笑うエアリーの問いに、大聖も首を横に振り、そう答えた。 そんな大聖には、歩目と夜魔、そしてボレーラが寄り添った。 中でも歩目は、どうやら別の事情を知っているらしい。 その事情を皆に教えずして責められた大聖が、歩目は少し可哀相に思ったようだ。 ボレーラの肩から降り、エアリーと大聖の間に立つように移動すると、 歩目は血の海が広がる周囲を眺めてから、話す。 「まぁ…、これにて倭国の大蛇騒動は収まるじゃろうて。  皆。…この度は世話になったのう。  ………実は、わらわから皆に話したいことがある。宮守とその少年を含め、  ここは一旦、わらわの茶店に戻ってほしいのじゃ。」 「歩目から皆に話したいことがや?」 「うむ。…エアリー、そなたの望みには背いたかもしれぬが、  かといって…、大聖がすべて悪いわけでもない。  ………大聖はもともと、あの地下洞窟に閉じ込められたわらわを助けるため、  そして今回の騒動を止めるために戦いに出た。それを忘れておらぬか?」 「………あ………。」 落ち着いた様子で話す歩目に、エアリーもハッとする。 …こんな場所でも優雅に振る舞う歩目に、密かに舌を巻きながら歩目の方を見る。 「…もともと、わらわから話しておけば、  エアリーも大聖も苦しむことはなかったのじゃからのう。」 「………え?」 少し目を細めて意味深なことを言う歩目に、エアリーと大聖は首を傾げた。 その後、歩目に話した通りに、一度歩目達の茶店に戻ることにした━━━━━。 『C-10 だんらん』に続く。