━━━━━大聖(だいせん)と宮守(りもや)の戦いにエアリーが乱入したことにより、 神様の大蛇(おろち)の戦いは、一時停戦となった。 その後、歩目に提案により、7人は一度…歩目(あゆめ)の茶店に戻ることにした。 大蛇である宮守も、暫くは暴れることはないだろう………。 『だんらん』 「━━━━━………うっ、うぅっ………。」 「………あ!宮守、気が付いた?」 「宮守!」 歩目が提案した通りに、一度出雲の茶店に戻り、そこで宮守を休ませた。 布団を敷き、仰向けに寝かせた宮守の様子を、エアリーと井守(いもり)が心配そうな顔で見ていた。 そのまま暫く時間が経つと、意識を取り戻したのか、宮守が目を開けた。 ぼんやりする頭とと視界のまま、目を開けると当時に聞こえた自分を呼ぶ声とともに、身体を起こす。 「………こ、ここは………?」 「…お前が閉じ込めたらしい、歩目達の家だ。」 「家…?」 宮守と慕っている雰囲気のエアリー、井守の2人とは逆に、 大蛇ということが頭から抜けていないためか、大聖が無愛想に答えた。 大聖の返事に、宮守が今いる部屋と自分の周囲にいる者達1人1人の顔を見る。 …それは、昆虫と鬼を除けば、いずれも自分が知っている顔ぶれだった。 「…確かぼくは、大聖に背中を攻撃されて…。それからの記憶がないな…。」 「あのときの大聖の攻撃で、意識飛んじまったんだなぁ。  あんときの宮守、辛そうな感じだったから…。」 「意識を失った?そのときから今に至るまでの間の記憶がまったくない。  一体、何があったんだ?井守。」 「んー、そうだな…。」 宮守が困った顔をして問うと、傍にいた井守が腕を組んで考え込み始めた。 「…気ぃ失った宮守に、大聖がとどめさそうとしたとき、  エアリーが飛び込んで、2人の戦い止めたんだ。」 「…エアリーが?」 「そ。エアリーいなかったら宮守死んじまってたぜ………。」 「………。」 井守がそのときの状況を、悩ましそうな様子で説明した。 井守からその説明を受けた宮守は、井守の隣にいるエアリーの方を向く。 エアリーは…、悲しそうにしていた。 …大聖と戦っていた際に見せた、自分の大蛇としての本性を見てしまったのだろう。 大聖の背後からの攻撃を食らう前、エアリーが大聖にある剣を与えたのは、宮守も覚えている。 寧ろ、その剣がなければ…逆に宮守が大聖を殺していたところだ。 …エアリーは、宮守の前で正座をして…両膝に握り拳を当てていた。 「エアリー、おまえは………。」 「宮守………。」 「………どうした?」 「宮守………、ごめんなさい………。ごめんなさい………!」 「っ?…なんでおまえが謝るんだ?」 「だって…。だってぇ………。」 宮守がエアリーに声をかけるなり、エアリーは宮守に謝り出した。 謝り出すに並行して、次第に泣き出してしまう。 エアリーの様子の変化に宮守がオロオロしていると、 膝に当てていた両手を自分の頬に移し、エアリーが話す。 「だって…、大聖にあげた剣………。あれ………わたしが造ったんだもん………。」 「………何?あの十拳剣に似た剣を、おまえが?」 「うんっ………。その剣がないと、大蛇に勝てないって………。  ………でも、それを知って行動に移したのはわたし。  倭国で暴れてる大蛇が、宮守…あなただってわかってたら………。」 「『兵法を取らずに、話し合う方法をとっていた。』…か?」 「………。」 エアリーが述べる理由を宮守が聞けば、エアリーもコクコクと頷いた。 『十拳剣がなければ、大蛇には勝てない』…。 宮守からしてみれば、エアリーは一体どこでそれを知ったのだろうという疑問が生まれたが、 それには…正体が猿神である大聖が関わっているかもしれない、 という予測を思いつくのに時間はかからなかった。 宮守が、自分から目を逸らしている大聖の方を向く。 いや…目を逸らしているどころか表情そのものが伺えない。 大聖は、宮守から背を向けていた。 この大聖が、自分と井守になんらかの警戒を抱いていたことは自分も薄々感づいている。 その結果が、あの戦いということだろう。 宮守を見て自責しながら泣くエアリーと、 背を向けながらではあったものの、複雑そうに腕を組み俯いている大聖。 今回の騒動を止めようとした2人を見て、歩目が一度深呼吸をしてから話す。 「…わらわとしては、エアリーも大聖も責めるには値せぬと思うてる。  2人が来て、行動を起こしてくれなければこの騒動は収まらんかったじゃろう。」 「………。」 「んみゃ。そもそも2人を巻き込んだのはおいら達だがや…。」 「巻き込んだ!?ちょっと待てボレーラ!!  俺は別に、巻き込まれたうえで宮守を止めようとしたわけじゃ━━━━━!!」 「…その台詞、やはりそうか…。そうだったのか…。」 「………宮守?」 若干嫌な雰囲気になっているところを歩目が和らげようとすれば、ボレーラもそれに同意する。 口には出さなかったものの、夜魔もコクコクと頷いていた。 すると、ボレーラの台詞から誤解されていると思ったのか、 大聖がくるりと皆の方を向いて、声を張り上げた。 大聖の反応を見た宮守が、エアリーの方を見て微笑しながら話し出した。 「エアリー。大聖がぼくを止めようとしたのは、彼の望みだけじゃない。」 「………え?」 「…大聖は、おまえが大蛇に食われるかもしれないと心配だったんだろう。  ぼく達大蛇は人食い、その中で女性や子供を主に狙う。そんな大蛇…ぼくに、  おまえが食われそうになったら自分が守らなければ、と考えたんだろう。」 「………。」 確かに、この倭国に入る前…大聖はそれを示すことを言っていた………。 宮守にそう言われ、エアリーはここに来る前の大聖の様子をふと思い出す。 戦えない自分に代わって、自分と自身の命を預かっていた。 ━━━━━人命を預かったなら、ふざけた行動が許されるわけがない。 宮守の話を聞き、エアリーが後悔した様子で大聖の方を向いた。 それに対して大聖は…、わかってくれなかったのか、悲しい目をしていた。 宮守が話すのを終えると、歩目もまた…複雑そうに話し出す。 「…わらわからも大蛇が宮守であることを教えておけばよかった。  話す機会なんて、なさそうで沢山あったものじゃろうて。  大蛇と聞いて大聖が心にトゲを生やしたことは、聞くまでもないことじゃ。」 「?…そういう歩目は、大蛇…宮守だったがや?  あんなところに閉じ込められても、何も思ってないがや?」 「うむ、わらわは別に何も思うておらぬ。…というもの…、皆…。………実はな、  宮守は、………暴れたくて暴れたわけではない。  それと同様に、わらわを好きで閉じ込めたわけでもないのじゃ………」 「━━━━━っ!!?歩目っ!!?待つがや!!!それは一体どういうことがや!!?  宮守も、その話は本当なんだがやっ!!?」 「………。」 「宮守…?」 ………それが、被害者側からの真実だ。 いつ話そうかと悩んでいたところ、話すなら宮守が落ち着いた今しかないと、歩目は割り切った。 …とはいっても、歩目はそれしか知らず、その部分の詳しいことは宮守と井守の2人だけが知っている。 2人の了承も得ずに話すのはどうかと悩んでいたが、 これだけは伝えておかなくては、今回の騒動を起こした宮守が悪者と思われ続けてしまうと考えた。 これが、宮守からしてみれば独善的なことだとしても…、言うなら、皆集まったこの機会しかなかった。 ボレーラが驚愕の声をあげるのとよそ、宮守と井守は、 エアリーと愕然とした様子の大聖の方を向く。 …エアリーは、安心した様子で笑っていた。 「うん…、やっぱり宮守が好きでそんなことするわけ、ないわよね。  宮守が大蛇、それは否定出来ないとしても、宮守はわたしにいろいろ教えてくれたいい人なんだもん。  宮守がそうなら、井守だって同じよ………。」 悲しい気持ちは抜けていない、だがそれを聞いて少しの安心感を得た。 エアリーは、宮守と井守の肩に手を置き、うんうんと頷いていた。 そんな3人を見ながら、大聖は宮守に問う。 「なら…、なんで宮守はあんな行動に出たというんだ?」 「そうだな…。………。」 「宮守…?井守?」 「━━━━━………1つ言えることとしては、歩目や…その前は井守も人質に取られたということだ。」 …すまない。ぼく達からも今は…それだけしか教えられない。 理由を教えた後、最後にそう呟くと…以降、この件に触れることは、許されなくなった。 ………。 「━━━━━これにて大蛇の騒動は収まった。  エアリーと大聖が、この倭国におる理由もなくなった。」 茶店内の火鉢を7人で囲っていた状態で、続いていた沈黙を歩目が破った。 歩目は両腕を合わせ、夜魔とボレーラの方を見る。 その後、エアリーと大聖に確認を取るかのように、2人に問う。 「そなたらは、これからどうする気なのじゃ?  従業員となる者達をしばしまた探しにいくのか。  それとも、その旅をやめて己の故郷に戻り、すぐに働くのか。」 「………。」 歩目が静かな声で問うと、エアリーが少し俯く。 …ここで一緒に働いてくれると約束してくれたのは、歩目、夜魔、ボレーラの3人。 この3人だけでは、店を再開出来る程の人数には、至っていない。 3人…中でも障害のある歩目に多数の役目を担わせることは、…出来ない。 「…おい、どうするんだ?」 今いる7人のことを考えていると、大聖が声をかけていた。 かくいう大聖も、今後どうするのかを決めなくてはならない。 とはいっても、自分が旅を続けると言えば…大聖はきっとついてきてくれるだろう。 今回の事件で、自分にとって大聖がいかに重要な存在なのかをエアリーは知ったのだから。 大聖がいなければ、一体誰が大蛇を会うことを望んだだろうか………。 「じゃあ、逆に聞くけど…、大聖はこれからどうする気でいるの?」 「…くどいようだが、俺はお前と違ってやりたいことをまだ持っていない。」 「わたしについていくってこと?」 「そういうことだ。」 ………今回の件で、お前にとって大事な存在である宮守に手を出した。 野性や闘争本能を持たないお前は…、もしかしたら俺に嫌気を差してるかもしれないが………。 かくいう俺も、お前がいなくちゃ人間だらけの世界に、入れる勇気がない………。 大聖が複雑そうな様子で話すのを、エアリーも黙って聞いていた。 …自身が退治するべきだと言った宮守を庇った自分を、 大聖は一体どう思っているのだろうか。 大聖の顔を暫く見つめてから、エアリーは歩目の方を向く。 「…そうね。再開するにもまだ人数は揃ってないわ。  だから、もう少し旅を続けることにする。」 「そうか…、それもよかろう。エアリー、そなたなら…あらゆる場所へ入ることも出来よう。  先は長い。じゃが、その分沢山の世界に飛び込むとよい。」 「うん。ありがとう、歩目…。」 「んみゃ?なら…おいら達はそれまで何をしてりゃあいいんだがや?」 「………?」 「そうね。3人には悪いけど、暫くはここにいてくれないかな。  もしお店を再開することを決めたら。わたしから何らかの手段で連絡するから。」 「んみゃ!わかったがや!」 「………。」 歩目に問いかけに対し、エアリーはほんの少しだけ笑いながら決心を話した。 それに対し、歩目達は反対することなく、自分の背中を押してくれた。 歩目からの励ましを受けると同時に、ボレーラと夜魔にもそのことを伝える。 …3人と約束を交わしてから、大蛇の件に触れなくなってからずっと黙っている、 宮守と井守の方を向き、この2人にも同じことを問う。 「宮守、井守…。あなた達はどうするの?  そっちの事情から、わたし達とは一緒に働けないって…。」 「そうだな…。ぼく達は暫くすればこの倭国を離れるし、  その後もまた陸と水の世界で配達をしているさ。」 エアリーが少し気まずそうに問うと、宮守も寂しげに笑って返した。 …今回の件で、宮守がニ度と人を喰わないと決めても、結局は…以前話したように一緒にはいられない。 宮守は寂しそうに笑えば、エアリーも寂しそうにする。 そんな2人の間に、井守が閃いたという様子で声を上げる。 「…あ!じゃあさ、もしエアリーがなんか配達頼むときゃあ、  おれ達に頼めばいいんじゃねぇか?」 「ちょっと待て井守。それは………。」 「んだよ、エアリーが自分の店再開するってなったら、  おれ達はその物流的なもんをするってことだよ!」 「それはわかってる!俺が聞きたいのはそういうことではなく、  俺達以外の客人からの荷物を避ける気かと言っているんだ!」 「真面目だなぁ、大聖は。別にそこをはっきりさせる必要なくね?」 「しかしだな…。井守、何でも受け入れたらいいというものじゃないぞ!」 「受け入れるつっても、当然おれと宮守だけじゃ背負いきれねぇ場合もある。  んなこたぁ、おれだってわかってるさ。」 井守が思いついたと笑顔で提案すれば、大聖が顔をしかめて返した。 井守の唐突な提案が、配達員の力量を無視していると大聖が指摘をする。 大聖の異議に、井守はつまらなさそうな顔をして言い返すが、 それだけでは説明不足であったためか、大聖は口を尖らす。 すると、井守はニッと笑って右親指を立ててこんなことを話す。 「おれ達にはおれ達の、スペシャルな従業員がいるんだ。  あいつはすげーぞ!海や川はおろか、陸だってへっちゃら!  おまけに力もあって頭もいい!更にルックスもいい!  あいつが海の世界からおれ達のところに手伝いに来てくれる、それだけで百人力さっ!」 「海の世界…?そこってどんなところだがや?」 「あれ?海の名前も知らねぇの?…ま、かくいうおれも宮守もそこには入れねぇんだわ。」 「入れないがや?」 「あぁ。海の水は川とか井戸の水と違ってて、特殊な物質が含まれるからな。  エアリーや大聖、歩目とかなら大丈夫だろうけど、  おれと宮守はその物質を身体が受け付けねぇんだわ。」 「…ぼく達は、海に含まれる潮が苦手なんだ。あれにはぼくも馴染めない。  特に、井守は大問題なんだな、これが。  (…この場でいうことではないが、海からのスペシャルな従業員ってあの鯨人のことか?)」 井守が海とその知り合いのことを自慢げに話せば、その世界を知らないボレーラが耳を傾ける。 海という世界がある、だが一部の陸の世界の者には受け付けないその場所に、 エアリーと大聖は興味を持ち始めたらしく、井守に問う。 「えー?海から来る従業員って…、まさか水の中にも街とかあるってこと!?」 「うん?あぁ。海と限らず、でっけぇ河川とかにもあるぜ、そういうのは。  けど…、そこで過ごそうとなったら、長時間水の中にいても平気になるもんがねぇとな。」 「気にはなるが…、俺達陸の者が水の中で過ごそうにも、呼吸が続かないだろうからな。」 「え?じゃ、じゃあ…それがないと入りたくても入れないってこと?」 「そういうことだな。」 エアリーが食いつけば、井守が目を少し大きく見開いて教えた。 陸に限らず、海や川といった水の中にも、世界は存在する。 これは行かないわけにはいかないと、エアリーは考え始めたわけだが…。 そこに踏み込むには、最低限のこととして息が続くようにしなければならない。 「う〜…、入れない。でも入りたい!水の中の世界!」 「(エアリーならそういうと思ったよ…。)  …ちなみに、反対に水の世界の者が陸で長く過ごす場合も同じことが言えるのか?」 「そうだなー。水の世界のやつが陸で過ごす場合でも、同じことが言えるか。  せめての対処法は、風呂とかの水の溜まり場にこまめに浸かって呼吸を維持する、とかか。  まぁ、おれや宮守みたいに水陸両方の種族もいるから、  全部が全部そうだってわけじゃないんだけどな。」 「水陸両方…、それは羨ましいわ…。」 エアリーの叶わない訴えに耳を傾けながら大聖が問うと、井守はそう教えてくれた。 川、海、水…とそれらの世界に対して憧れを抱いたのか、 それらの単語を何度も口に出しているエアリーに苦笑いを浮かべながら、 歩目がこのままでは永遠に話が終わらないと、割って入る。 「ま、まぁ…次にどこにいくのかもゆっくり考えるとええ。  それに、もう日が暮れとる。今日はここに泊るがええ。」 「え…?いいの?」 「そなたらには感謝せねばならぬ。そのほんの御礼じゃ…。勿論、宮守と井守もな。」 「何っ?ぼく達も?」 「………。」 「構わん。もう他者を襲うことはせんじゃろう。  ボレーラ、早速じゃが飯の支度を始めてくれんか?」 「んみゃ!わかったがや!」 「うわぁー!歩目、夜魔、ボレーラ!ありがとうっ!」 「…結局、またお言葉に甘えることになってしまったな。」 歩目が微笑みながらいい、夜魔がコクコクと頷き、ボレーラは張り切った様子で準備を始めた。 そんな3人に申し訳ないとどこかで思いながらも、 是非御礼がしたいという3人の好意に背くことが出来るわけがなく、 4人も…、閉店した茶店の奥へと上がっていった━━━━━。 ━━━━━大蛇の騒動が収まり、翌日には…次の街を目指す。 2人が目をつけた場所は…、井守が教えてくれた、海の世界。 「………っと、そうだ。」 ふと、大聖が思い出したのか、声を上げた。 「なぁ、エアリー。ちょっといいか?」 「何?どうしたの大聖。」 「お前が造った十拳剣を基にした剣だが、実はこれを━━━━━。 Cパート完結。Dパートに続く。