━━━━━倭国。…ぶっちゃけるとジパングだ。 木造建築や瓦で造られた屋根、屋根の鉄片には金箔が施されている。 昔ながらの伝統を残すこの国に、やっと訪れた。 城門をくぐったその先は、『出雲(いずも)』と記された表札が立っていた。 山奥にあるような道しるべにポツリとその2文字が彫り綴られていた。 倭国は国。全地域回るとなれば相当の広さだ。 なので、最初に目についたこの場所を主に、回ってみることにした。 …古風な街並みをキョロキョロと見回しながら2人で歩いていく。 その古来から残る風景にエアリーは大喜びしながら歩き、 大聖(だいせん)は反対に、自分に送られる回りの視線を気にしながら歩いていた。 茶色などの落ち着いた色調の建造物が多い中、大聖はよく目立つ赤色が中心。 風景と同様に落ち着いた色調をしているエアリーに比べ、…少し浮いているような気がした。 「何うじうじしてるのよ。もともと、倭国に行くって決めたのはあなたでしょ?」 「それはそうだが…。」 自分で倭国に行くと言っておきながら、 入ってからのこの様子にエアリーが疑問を述べると、大聖は俯き、口ごもる。 エアリーとしては自然な会話の流れなのかもしれないが、 大聖としては自らの出生や秘密をまだ明かすわけにはいかない。 大聖は、頑なに口を閉ざした。 そんな大聖を見てから、エアリーは「んもぅ…。」と溜息をつく。 大蛇が出現したどころか、そのような話すらもまだ聞いていないのに、 それを聞く前からこの様子だと、どうも頼りない感じに思えてくるからだ。 …尤も、大聖が気にしているのはそちらではないが。 ………山奥に長く1人で住んでいた身だけに、 人に囲まれた場所で過ごすということに、まだ慣れていないのかもしれない。 妙に気まずそうにしている大聖を見て、 話す方面に関しては自分が切り口を開こうと、エアリーが進んで出雲の人々に話をする。 話す内容というのは、専ら大蛇のことだった。 共に働く仲間を探すというのがエアリーの望みだが、今は大聖の望みを優先させたのも、自分だ。 …なんだか弱気になっている感じの大聖に文句という気はない。 この大聖が言っているように、大蛇となんとかすることが社会的貢献になるなら、 自分も鍛冶を通して力を貸そうと考えている。 …とはいえ、職人としては自分はまだひよっこだ。 大聖がなぜあそこまで大蛇にこだわるのかは未だわからないが………。 …武器を造らせてくれる機会を与えてくれるなら本望だ。 …とはいっても、この倭国で何かを造れと言われたら、いきなり難しい物を頼まれたり、 あるいは自分が造りたくない、造ろうと思っていない物を頼まれるかもしれない。 それを頼まれて、引き受けるとすれば…自分だけで出来るのだろうか。 何か期限を求められるなら、尚更だ。 …自分自身に対して、密かな疑問を抱きながら大聖を連れて、話を聞く。 「…今日大蛇を見たっていう人は、今のところはいないみたいね。」 「そうか…。」 出雲の街にいる人々に声をかけるものの、帰ってきた返答はいずれも同じものだった。 エアリーが複雑そうな様子で報告すると、大聖はがっかりして肩を落とす。 人に自ら声をかけられない程の大聖だったが、 見かけた人はいないという答えを聞いてがっかりしたところを見ると、 大蛇をなんとかしようという気持ちは、確かなもののようだ。 エアリーと大聖が、共に困った顔をしているとき、 周囲の建物がギシギシと音を立て、植えられていた植物は激しく揺れた。 『わこく』 突然の周囲の様子の変化に、エアリーはギョッとして、大聖はキッと睨んで構えた。 …こちらに、何かが向かってくる。 まるで、こちらを狙って一直線に飛んでくる弾丸の如く、それはやってきた。 2人の目の前までやってくる際、大きな足音を立てて猛スピードでやってきた。 それが通り過ぎたその後ろで、衝撃により周囲が物音を立てていた。 建物や植物が揺れていたのは、これのため。 「………みゃっ!!?」 巨躯の身体には似合わない間抜けな声が聞こえた。 その正体は、エアリーと大聖に激突すると思ったところで、止まろうとブレーキをかけ足を踏ん張る。 しかし、後先のことを考えずに突っ走ってきたのか、止まる気配がなく、 ━━━━━そのまま、2人に突っ込んできた。 「なっ…、何!?一体何!!?」 「………まずいっ!!」 「何よまずいって!!?ちょっ…、大聖っ!!?」 突っ込んできたその誰かとぶつかる直前、大聖が焦った様子で、 エアリーの腕を乱暴に引っ張り自分の方へ引き寄せ、空高く跳躍した。 大聖が素早く反応してそうしたことにより、その誰かとぶつからずには済んだ。 一方、大聖のその行為により、ストッパーとなる何かを失ったその誰かはと言うと、 結局完全にブレーキをかけることは出来ず………、 『………ズシャアアアアアアアァァァァァァァン………ッ!!!!』 丁度曲がり角に立っていた茶店に、激突してしまった━━━━━。 ………。 「………ちょ、ちょっとあなた、大丈夫!!?」 「まったく…、一体何事なんだ…?」 茶店に激突したところで、暴走機関車のようにやってきた誰かはようやく動きを止めた。 突っ込んだのか、茶店の引き戸を完全に破壊した状態で、うつ伏せに倒れていた。 ようやく止まったその誰かに、後から着地して降りてきたエアリーと大聖も近寄る。 「…あの、ここのお店の人?坊やも大丈夫?」 その誰かが激突した際の騒音に、茶店の店員と思われる人物もビクビクした様子で姿を現した。 エアリーが驚きつつも問いかけると、その誰かもコクコクと無言で頷いた。 エアリーが坊やといったその人物には、新緑のような緑色の髪、その髪が変形して立っている角、 そして、太もも辺りには発光体と思われる黄色いレンズのようなものがついていた。 今茶店に突っ込んだ誰かの姿は、橙色の長くバサついた髪に、大きな耳や身体、 そして額から2本の角が生えていた。 「ひとまず、この…鬼を起こそう。エアリー、ちょっと手伝ってくれ。」 「鬼…!?鬼って言ったら…!?」 「その説明は後だ。今はこいつを起こして事情を聞いた方がいい。」 「あっ、それもそうね…。」 大聖が巨躯の鬼人(きじん)の太い腕の間から自分の腕を通し、鬼人の肩辺りを支える。 大聖にそう言われたエアリーは反対側に回り、大聖と同様の手段で鬼人の身体を支える。 「よし、いくぞ!せぇーのっ………!!」 大聖の掛け声とともに、2人で力を込めてうつ伏せになっている鬼人の身体を起こした。 力いっぱい身体を持ち上げ、完全に起き上がったところで、鬼人の顔を見る。 激突した部分に木の破片などが刺さっていたが、気は失っていないようだ。 …瞼がうっすらと開いており、自分の身体を起こした2人をジッと見つめていたからだ。 身体を起こしたところで鬼人をどうしようかと話していると、 先程エアリーが坊やといった…昆虫人(こんちゅうびと)がちょいちょいと指指していた。 そこは…、引き戸を破壊した奥にある、小さな茶室…として使われたと思われる和室だった。 「あそこで休ませろってことね。」 「そうみたいだな。」 その昆虫人が指差す場所へ、ひとまずは安静にさせようと、 2人は引き続き力を込めて鬼人の身体を移動させた。 ………。 「………んみゃ?おいら何しにここに来たがや?」 「あ、気が付いた?」 昆虫人に誘導されながら鬼人を休ませたそのほんの少し後のこと。 胸から上の部分を簡単に手当てされた鬼人が、むくりと身体を起こした。 今度は仰向けにされて寝かされた。そのためか少し寝むそうな声で言った。 寝むそう…、これに関しては共にいる昆虫人も同様だが…。 鬼人が身体を起こせば、気付いたエアリーが顔を覗かせ、話し掛ける。 エアリーが顔を覗かせると、鬼人も腕をあげ頭を簡単に掻きながら問う。 「…おみゃあら、ここじゃ見かけない顔だがや…。誰がや?」 「わたし達は…。って言いたいところだけど、  そういうあなたは何があってこの家に突っ込んできたの?」 「ん?おいらかぁ?」 「この家の引き戸に勢いよく激突したんだもの。…一体何があったの?」 「………………。」 「………………?」 鬼人がぼんやりとした目でエアリーに問うと、エアリーはあえて質問に対し質問で返した。 エアリーが一体何があったのか、と問えば、鬼人は黙り込む。 暫く、妙に長い沈黙が続く。 「………………はれぇ?おいらなんであんなに急いでたんだっけか?」 「………はぁ!?」 鬼人が目をゴシゴシと擦りながら答えると、大聖が顔をしかめて声をあげた。 茶店の引き戸に激突して、更には破壊もしてしまった。 「…おい、まさか肝心なことを忘れたなどとは言わないだろうな?」 「肝心なこと…?おぉ、そうだがや。確か、大事なことを夜魔に伝えようと…。」 「…夜魔?」 「んみゃ。そこにいる昆虫人のことだがや。  夜行性なのに、なんで起きてるだがや?」 「………。」 「…そりゃあ、あれだけ大きな音を立てられたら、  いくら寝ている人でも起きちゃうわよ…。」 鬼人の方が夜魔(よま)…と呼んだ昆虫人の方を向いて、首を傾げた。 まるで、自分が起こした騒動のことを何も思っていないような鬼人の様子に、 エアリーは溜息をついてそう話した。 エアリー同様に呆れた様子で大聖が近寄いて、鬼人にこう問う。 「…ところで、お前は一体誰なんだ?今の呼び方じゃあ、  夜魔…と言ったか、そいつと知り合いのようだが。」 「………。」 大聖が問いかけると、夜魔がコクコクと頷いた。 …頷くだけで、夜魔は何も話さない。 「こいつは無口なのか?」と内心で更に疑問は重ねながらも、 大聖は鬼人の返答を待つ。夜魔が頷けば、鬼人も大きく頷いた。 「んみゃ、おいらと夜魔は知り合いだがや。  おいらは山(ざん)…ボレーラっていうがや。」 「…?鬼っていったら、倭国に伝わる妖怪の生き残りでしょ?なんで名前が西洋風なの?」 「それはこっちの事情で言えないがや。」 「(自分の名を名乗る際、何か言いかけたぞ?そっちが本名なのか?)  エアリー、…鬼も今では訳ありの種族だ。あまり深く問い詰めるのはよそう。」 「んみゃ。おいら達鬼は、今じゃすっかり数が減って希少になってるがや。  というか…、妖怪自体がもう殆ど残ってないがや。」 「そういえば、鬼も昔に人々に退治され、秘境に追いやられたという話があったな。  ボレーラといったか、お前にとっての秘境はこの出雲の街…といったところか。」 鬼人…ボレーラが自己紹介するのを聞いて、エアリーは軽く首を傾げた。 大聖も話したが、鬼は倭国に出現すると言われる妖怪の代表格。 確かに、西洋の地でも希にいることがあるが、大半は倭国出身だ。 ボレーラが一体どこから来たのかは知らないが、 ここは個人的なことに関わると2人はそれ以上の返答はやめておいた。 …と、ここで忘れていたことを思い出すかのように、ボレーラがハッとする。 「…ってそんなこと言ってる場合じゃないがや!!  夜魔っ!!おみゃあらも大変なんだがや!!!」 「大変?一体何があったの?」 「この際、力になってくれそうなら誰でもいいがや!!!  まずいんだがや!!!このままほっといたらいずれ………、  ━━━━━歩目が、大蛇に食われっちまうがやっ!!!」 ボレーラが、血相を変えてそう叫んだ。 ボレーラがピンチだと叫べば、知り合いである夜魔をはじめ、 大蛇のことを聞いてやってきたエアリーと大聖も…、驚愕した顔で見合わせた。 ボレーラの言うことが本当ならば、非常にまずい。 反射的にボレーラの方を向き直し、大聖が問いかける。 「その歩目というものは、お前達の知り合いなのか?」 「んみゃ!この茶店の主で…。おいら見たがや!!2人で陶器屋で食器買いに行ったとき、  でっけぇ蛇みてぇなのがいっぱいいて、歩目を連れてってんが!!」 「それで、大変だって騒いで、ここに戻ってきたのね?」 「そうがや!!」 「…で、その歩目という者はどんな人物なんだ?まさかとは思うが…。」 「歩目のことがや?歩目は植物人(しょくぶつびと)の女だがや!」 「………っ!!」 慌てふためくボレーラの話を聞き、特に大聖の方がマズイという顔をした。 ボレーラの話によると、歩目(あゆめ)という者は、植物人の女性。 植物人といえば、この世界に存在する種族の中で、最も狙われやすく、 種族同士の力格差でいえば、最下位に当たる種族。 また、この種族は外見的にも美しいことが多い。 それもあって共に過ごすとなれば、非常に世話の掛かる種族だ。 そんな歩目が大蛇にさらわれたとなれば、抵抗すら出来ないのは目に見えていた。 食用として出てくるサラダを亀が食べる光景を想像すれば、それはすぐにわかる。 「…大蛇は生物や食料だけではなく、人さえも食べる奴等だ。  ボレーラ、…他に何か特徴は掴めているか?」 「そうがや!!………………うーん………………━━━━━。」 ………。 「━━━━━他の種族の者を食べた後の副菜としてとっておこうと思っていたものの、強気だな。  それとも、単なる自信過剰なのか…。」 「そなたがどう思おうが構わぬ。いずれ笑うのは、そなたではなくわらわ達じゃ。」 …エアリーと大聖がボレーラや夜魔と話している茶店から、少し離れた神社。 その家の地下深くで、…その2人は隠れていた。 ただ…、1人の方は女性で、手足や腰を頑丈な縄で括られていた。 その縄を、よく見ると。…縄には『夕食』と記された木の札がつけられていた。 縄で縛られた女性は、黄緑色の着物を纏っており、それと同じ色の長く美しい髪を持っていた。 こめかみから少し上の辺りには、紅色の花のついたかんざしをつけている。 …そう、この女性こそが大蛇にさらわれたという、歩目だった。 しかし、さらわれた身でありながらも、怯えたり怖がったりしている様子はなかった。 歩目からしてみれば、力のない植物である自分に待ち受ける、 これからの出来事もまた…、運命だと言いたいのだろうか。 そう…、植物は自らは抵抗出来ない。決して。 だから、常に覚悟を決め、どんなときも強い心を維持してどんなことでも受け入れる。 歩目は自分をさらった大蛇の方を睨むことはせず、堂々とした様子でまっすぐに見ていた。 睨んだところで、それは力ある大蛇を前に何の抵抗にもならないし、 己の品格を落としてしまうだけなことだった。 そんな歩目を見つめながら、大蛇の方は怪訝そうな顔で自分の長い髪を揺らした。 その髪が激しく揺れた際、まるで8つの蛇の頭のように見えるのは、幻か。 歩目とその大蛇は、一見は大蛇の方が小さい。 しかし、それに秘められる力は大蛇の方がはるかに上。 …大蛇が自分をさらったのは、大聖が話した人を食うという習性からだろう。 抵抗出来ない植物、それに加え不利になりやすい女性なら、尚更狙わないわけにはいかないだろう。 ただ………、この場合、さらった側も女性だ。 「…この世界の多くの者は、人であり動物でもある者達ばかり。  弱肉強食、食物連鎖は消えていない。  動物のその世界が、この世界の人間社会として映し出されている。…そう思わないか?」 「わらわがそなたに食われることも、所詮その摂理に従うがため、とでも言いたいのか?  確かに、この世界において殺人は罪であるという意識は薄い。  …その認識は、純粋な人間からしてみれば恐ろしいものじゃ。」 「なら、その純粋な人間がこの場に現れたとすれば、おまえはどうする気だ?  純粋な人間は、ある意味では種族の頂点とも言える。  だが、武器でも手にしない限り生物を狩ることすら出来ない。  …そんな人間に身代わりになるとでもいうのか?  身代わりになることで、この大蛇の罪を軽くしようとでも?」 「そう言っておるのではない!それではそなた達が図に乗るだけじゃ!」 大蛇が薄ら笑いを浮かべながら話すと、歩目は顔をムッとさせて言い返した。 その怒りすら、なんの脅しにもならず大蛇は嘲笑気味に話す。 それでも、歩目はまっすぐに、自信満々に言い返す、たじろぎを見せなかった。 歩目のその姿勢に感嘆を示しつつも、大蛇は穏やかに笑って語りかけるように言う。 「まぁいいさ。いずれにせよ、おまえに出来ることはない。  そこに存在していることで癒しを与えることは出来るものの、  直接的に動くことで何かを起こす、ということは不可能だ。  現に、ここに連れてこられても、その縄を自ら解くことすら出来ないのだから。」 「………っ。」 「抵抗出来ない植物であるおまえが、一体何を望んでいるのかは薄々わかる。  それはきっと…、最近出会ったあの人間にとっても…本当はそうなんだろう。  しかし、大蛇が生きるにはこういうこともしなければならない。  おまえやあの人間が望んでいることは、叶いもしない理想に過ぎない。  ………誰にとっても、誰1人敵がいない世界なんて………。」  最後の台詞は、歩目から背を向け…聞こえないように小さく呟いた。 『C-02 はついらい』に続く。