螺旋の海 第2話

 ヨハンの思惑通り、Dr.テンマはヨハンの足跡を辿り始めた。
 ケルン、ハンブルク、ハノーファー、ミュンヘン。中年夫婦連続殺人事件の起きた四つの街から始まって、アンナのいるハイデルベルクにもテンマは駆けつけた。だが、彼のほうが一足早くアンナを連れ去ったのはヨハンにも想定外だった。テンマと接触したアンナは記憶を取り戻したらしく、すぐに消息を絶った。
 結局、誕生日にアンナを迎えることは叶わなくなってしまったが、妹はきっとヨハンの前に姿を現すはずだ。この兄の命を狙いに――。


 一方、重要参考人として警察から追われる身になったテンマは、直後に逃亡。彼がまず向かったのは元傭兵の男が開く射撃訓練所だった。歴戦の傭兵から指導を受け、確実にヨハンの殺し方を身につけていくことだろう。テンマの決意と覚悟にヨハンは満足の笑みを浮かべた。



『僕を見て! 僕を見て! 僕の中のモンスターがこんなに大きくなったよ』
『助けて! 僕の中のモンスターが破裂しそうだ!』


 時々、これらのメッセージを里親たちに送りつける奇妙な癖がヨハンにはあった。
 ヨハンはこれを怪物の副作用と呼んでいる。
 ある時ふと、これらのフレーズばかりが頭を占めることがあるのだ。そうなると衝動を抑えきれずに、以前の里親たちやヴォルフ将軍にも差出人のない手紙を送りつけてしまう。これらの言葉が何を指すのか、さらには行動の意味さえも、ヨハン自身よくわかっていない。


 そして今は、Dr.テンマに向けてそれを書いている。フェルデンにあるシュプリンガー議員の邸宅、その書斎の壁だ。ヨハンの痕跡を辿っていく内に、テンマはいずれここへ着くことだろう。
 彼はこれを見て何を思うだろうか。
 怪物への恐怖か、翻弄されることへの苛立ちか、それとも狂っていると切り捨てるか。
 ……狂っている。自分でもそう思う。
 だがこのメッセージを見て、テンマがヨハンの中の怪物を特別意識するようになればいい。この怪物はテンマが生み出したものだとヨハンを追い続ければいい。


 あの人は……ヴォルフ将軍は、そこまでヨハンに執着を見せることはなかった。
 彼はヨハンを511キンダーハイムに入所させた後、西ドイツに亡命していた。瓦解した511から外の世界に出て初めてヨハンはその事実を知った。
 リーベルト夫妻に双子共々引き取られた時、だからヨハンはそれとなく夫妻に囁いたのだ。西に亡命しようと。養父は貿易局顧問という高い地位に就いていたが、東ドイツの強硬な政治体制に不満を抱いていた彼は、誘導されるように亡命を決意した。


 西ドイツに渡り、アンナと離れて一人になると、ヨハンはヴォルフ将軍を捜し当て、少しずつ彼の周囲の人間を殺していった。彼を独りにするためだ。
 だが孤独感を深めると、彼は気力、体力が失われ、以前とは別人のようになってしまった。ヨハンに恐怖を抱くこそすれ、追跡する余裕などもうないらしく、精々プロの人間にヨハンの殺害を依頼するのがやっとという有様だ。


 人は孤独になると生きる術を失うらしい――。
 もちろんそれはヴォルフだけじゃない。ミュンヘンで計画を進めている、あのハンス−ゲオルグ・シューバルトもそうだ。数少ない友人たちが次々と死んでいくと誰も寄せ付けず、あの大きな屋敷に籠りきりになった。


 だからDr.テンマには別のやり方にしようと思う。
 比較的若いテンマは二人のようにすぐに憔悴しきることはないだろうが、用心に越したことはない。テンマと親しい関係にある人間には一切手を出さない。彼は余計なことは考えずに、ヨハンのことだけを追い求めればいい。彼のヨハン追跡の旅はまだ始まったばかりなのだから。



「ロベルト、アンナを殺そうとしたんだって?」
「ヨハン、何のことだ?」
「とぼけても無駄だよ。僕にはわかる」


 ミュンヘン市内のとあるホテル。その一室のソファに座り、ヨハンは屈強な男と顔を合わせていた。この男、ロベルトとコンタクトを取る時、ヨハンは大抵ホテルを利用している。511キンダーハイムの出身であり、ヨハンの意のままに動くことから片腕として重用している男だ。だがヨハンに心酔する余り、時として意にそぐわない行動をするのもまたこの男の欠点だった。


「俺は、ただ……あんたを殺そうとする人間は存在すべきじゃない、そう思っただけだ」
「それは僕が決めることだよ。君が決めることじゃない」
 ヨハンが静かに言うと、ロベルトは言葉に詰まり、視線を逸らした。
「でも、わかっただろ? アンナを消そうとしても無理だよ。あの子は僕の分身だからね」
 アンナとヨハンは表裏一体であり、アンナの能力そのものはヨハンに引けを取るわけではない。事実、ロベルトの手からも彼女は逃れている。
「ニナ・フォルトナー……確かにあんたとそっくりだった。目の色も何もかも」
「君には言うべきだったね。あの子は僕で、僕はあの子……。彼女を殺すということは僕を殺す、そういうことだ。そのことは君も身にしみてわかったと思うけど」
「……ああ、確かにそうだ。あの目を前にしたら、自ら手を下すことなどできなかった……。わかった、あんたがそこまで言うならもう危害は加えない」
 両手を上げ、降参の仕草をすると、ロベルトは煙草を取り出し、吸い始めた。



「ヨハン、例の写真と書類は始末しておいたが、あのじいさんは邪魔が入った……Dr.テンマだ」
 ホテルの部屋に入ってくるなり、ロベルトがそう報告する。ソファに腰かけて本を読んでいたヨハンは、視線を本からロベルトに移し、事もなげに答える。
「ああ、だったらいいよ、放っておいても」
「じいさん……Dr.ライヒワインを殺らなくてもいいのか?」
「ああ。前にも言っただろう? ヴォルフ将軍とは逆で、Dr.テンマと関わりのある人間は殺さないって。今頃二人は仲良く食事でもしているかもね」


 ヨハンは窓の向こうに広がるミュンヘンの夜景を眺めながら、ふとあることを思い出す。本を閉じ、ロベルトに顔を向ける。
「そういえば君、エヴァ・ハイネマンを使ってDr.テンマを殺そうとしたとか」
 ヨハンが切り出すと、ロベルトはわずかに眉をひそめた。
「……あんたには何でも筒抜けだな。結局あの女はドクターを殺す気なんかなかったみたいだが」
 テンマを心底憎んでいるエヴァなら迷わず彼を殺すだろう――ロベルトは本気でそう思っていたらしい。そんな稚拙な企てを試みるほど人の感情に無頓着なのも、511出身である所以なのかもしれない。


「アンナのことを言った時に、一緒に伝えておくべきだったかな。アンナと同様、Dr.テンマにも手を出さないこと。これは命令だよ」
 ヨハンが淡々と釘を刺すと、ロベルトは釈然としない表情を浮かべ、立ちつくした。
「何か言いたげな顔をしてるね」
「……なぜ、あんな医者にこだわる? あまりあんたらしくないんじゃないか。あのシューバルトに関しては計画の内だからわかるんだが」
「僕のやることに口出しはしない。……そういう約束じゃなかったかな」
「俺は別にそんなつもりじゃ――」
 珍しく強い口調のヨハンに、ロベルトはむきになって反論する。

 らしくない、か。確かにそうかもしれないとヨハンは思う。これまでほとんどの人間をあっさりと片づけてきたことを、このロベルトはよく知っている。
「いずれ話してあげるよ。だけど今はまだその時じゃない」
 ヨハンがそう言うと、ロベルトはほっとしたように息を吐いた。
「……わかったよ。Dr.テンマも周りの人間も殺さない。これでいいだろ。だけど理由はいつか話してくれよ」
「ああ、いつかね」



 Dr.ライヒワインからヨハンの情報を得たテンマは狙撃銃を入手し、狙撃の機会を図るべくヨハンの周囲を嗅ぎ回るようになった。
 ミュンヘン市内の公園、郊外の森――。ボランティアで施設の子供たちを連れ歩いている時や、シューバルトとのバードウォッチングで森を歩いている時には必ずと言っていいほど、脇の茂みからテンマの気配を感じた。木漏れ日に紛れてスコープの反射光がヨハンの視界に入ってくる。
 この状況はヨハンを少なからず愉快な気分にさせた。ある時など、テンマをからかうためにスコープの向こうの彼に視線を送ったこともあった。予想通り、テンマは面白いほどに動揺してみせた。
 人を助けるために生きているようなテンマが、ヨハンに対してだけは思いつめたように殺そうと奔走する。その矛盾が、ヨハンには可笑しくてしょうがなかった。



 その日もよく晴れた日だった。ボランティアのため、いつものようにヨハンは子供たちと公園に訪れていた。茂みの向こうからは、相変わらずテンマがスコープを手にヨハンの様子を窺っている。
 だが慈愛に満ちたテンマは、この公園を狙撃場所には選ばないだろう。人の命など何とも思っていないヨハンとは違って、彼はいたいけな子供を “人間の盾” になどしたくはないと考えるはずだ。


 その帰り、スキンヘッドの男たちが何人も公園の周囲をうろついていたのをヨハンは目にする。街のどこかで外国人排斥の集会でもあったのだろう。
 子供たちを施設に帰した後、予感がしたので公園に戻ってみる。ネオナチを恐れたのか、広い公園は閑散として他はもう誰もいない。――Dr.テンマは別として。


 案にたがわず、テンマは大柄な男たちに絡まれていた。ヨハンをスコープで追う内に危険な気配を察知することができず、不覚を取ったのかもしれない。男たちは総勢六人。多勢に無勢、左右の男に両腕を掴まれたテンマは抵抗も虚しく、身動きの取れない状態だ。


「おい、こいつ、こんな物まで持ってやがるぜ」
「こんな物騒な物、アジア人のおまえには必要ねえよなあ? わかったらとっとと国に帰れよ!」
 拳銃を所持していたことが男たちの逆鱗に触れた。銃を奪われたテンマはなす術もなく、髪を掴まれ、顔を殴られ、身体を蹴られ始めた。加減を知らない男たちの暴行は激しさを増していく。テンマは鼻と口から血を流し、されるがままだ。


 離れた木のそばで彼らの様子を眺めていたヨハンは小さく息を吐くと、懐からベレッタM92を取り出し、慣れた手つきで銃口にサプレッサーを装着する。スライドを引いて右手に持ち、彼らの許に歩み寄っていく。
「ん? なんだぁ、おまえはドイツ人か? 同じ目に遭いたくねえなら見てねえでどっかに行ってろ」
 男たちは暴行に夢中で、ヨハンの銃に気づかない。目を閉じていたテンマが、男たちの声でこちらに顔を向けた。その漆黒の目がヨハンを捉え、大きく見開いていく。


 ヨハンは無言のまま片手で銃を構える。まず狙うのは、テンマの銃を持っていた男。
 一人倒れ、また一人。騒ぐ男たちの頭部を淀みのない動作で次々と撃ち抜いていく。芝生の上に跳ね飛ぶ薬莢、無造作に転がる血まみれの死体。両腕を拘束されていたテンマは、自由になると同時に前のめりに倒れ、うめき声を上げた。すべてが終わると、辺りには血と硝煙の匂いだけが満ちていた。


 満身創痍で倒れ伏すテンマを、ヨハンはサプレッサーを外しながら悠然と見下ろす。テンマの黒い髪は肩まで伸び、処刑の夜に再会した時と比べてだいぶ印象が変わっている。懐に銃をしまい込むヨハンを、テンマは荒い息遣いで見上げた。
「く、ヨハン……」
「無様な姿ですね、Dr.テンマ」
「ヨハン、なぜだ!? なぜ彼らを――」
「まだあなたに死なれては困るからね。あなたには僕を追い続けてもらわないと」
「ふ、ふざけるな! くっ……」
 テンマは身体を起こそうとして、その痛みに声を漏らした。男たちに奪われたテンマの拳銃は、彼が手を伸ばしても届かない遠い位置にある。ヨハンはテンマのそばに落ちている黒いスコープに視線を落とす。
「そのスコープでいつも僕を見てた。近い将来、狙撃銃で僕を撃つんでしょ?」
「……そうだ。そしてすべてを終わらせる……!」
 テンマは地面に這いつくばりながらも射抜くような眼差しをヨハンに突きつける。芯の強さが伝わってくるその黒い瞳にヨハンは目を細めた。
「あなたも早くここを離れないと、無能な警察に新たに濡れ衣を着せられてしまうよ。……それではまたいずれ会いましょう、Dr.テンマ」
「ま、待て、ヨハン……!」
 ヨハンは笑みをたたえながら、鬱蒼とした木立に溶け込むように姿を消した。


 ――また、ロベルトに文句を言われるかな。
 ヨハンは木漏れ日に揺れる頭上の緑を見上げる。本当はこんな形で会うつもりはなかったのだが、柄にもなく手を出してしまった。確かにDr.テンマに関しては調子の狂うところがあるのかもしれない。


 明日はシューバルトの蔵書寄贈セレモニーの打ち合わせのため、大学図書館に行く予定だ。そうだ、その時にでもあの子供の暇潰しになるような絵本を借りてこようか――。
 これから待ち受ける運命など知らずに、ヨハンは歩きながら、ただそんなことを思い巡らせていた。



 眠りから目覚めたヨハンは、ゆっくりと瞼を開ける。
目の前に見えるのは、病室らしい無機質な天井。何てことはない至って普通の光景だ。だがヨハンには何もかもが変わって見えた。白く清潔なシーツも、腕につながれている点滴も、風に吹かれるカーテンも、すべてのものが以前とはまるで違って見えた。


 ……今思えば、あの場所へ足を踏み入れたのは絵本に引き寄せられたからなのかもしれない。
『なまえのないかいぶつ』。
 ずっと忘れていた絵本。昔、何度も何度も読み返した絵本。手にして気づいた。おそらくあれが、ヨハンの原点――。


 そして、なぜ自分がヨハン・リーベルトという名前に固執したのか、ようやく理解した。始めは今の怪物に生まれ変わった時の名前がヨハン・リーベルトだったからだと思っていた。もちろんそれは間違いじゃない。だが、核心でもない。
 ヨハンの名は絵本からの由来だった。ヴォルフ将軍はあの絵本から名前を取ったのだ。よりにもよって怪物の名前をこの自分に――。


 ヨハンには、アンナを失う以外にもう怖いものなんて何もないと思っていた。だが、違った。もっと暗い闇、本質的な何かがヨハンの中に眠っている。断片的にちらつく、遠い過去の記憶。おとぎの国のような街、三匹のカエル、全く同じ姿の幼き分身……。目覚めてからいくつものイメージがヨハンを支配してやまない。


 さらに脳裏をよぎる、怪物の副作用だと思っていた、あのメッセージ。
『僕を見て! 僕を見て! 僕の中のモンスターがこんなに大きくなったよ』
 あれは単なる絵本の一節に過ぎない。忘れていたつもりでも無意識に覚えていたのだろう。


 では、『助けて! 僕の中のモンスターが破裂しそうだ!』は。
 絵本にはないフレーズだ。覚えていないだけで他の絵本の可能性もあるが、不思議なことにヨハンは確信している。あれは、ヨハン自身の言葉だ。


 もしかして、これこそが本当の自分が抱いている思いなのだろうか。怪物に押し潰されまいとする、人間としての心の叫び。 “親” のような存在に助けを求めていたということなのか。


 記憶という名のパズルのピースを手にしてヨハンは愕然とする。
 あのメッセージは怪物の副作用などではなかった。ヨハンは生まれながらの怪物ではなかったのだ――。




 絵本の出現によって、ヨハンの関心は記憶を遡ることだけに傾いていく。もっと暗い闇へ。もっと深い真実へ。
 シューバルトを利用する計画のことなど、もうどうでもよくなったヨハンはセレモニーの最中に火を放ち、現れたアンナとテンマの前から姿をくらます。火の海の中でも、あの二人なら危惧する必要もないだろう。


 その翌日、ヨハンはある建物を訪れた。一見すると何の変哲もない雑居ビルの一フロアだが、その実態は経緯も素性も一切問わない代わりに法外な治療費を要求する闇病院だ。中に入ると意外と小綺麗な内装で、病院らしく消毒液の匂いが鼻を突く。ヨハンは待合室を抜け、廊下の奥のドアを開けた。
 狭く小さな個室だが、窓際の部屋は明るく、ベッドのサイドテーブルに置かれたラジオからはちょうど大学図書館火災のニュースが流れている。頭の位置を高くしたベッドでおとなしくラジオを聴いている男にヨハンは声をかけた。


「ずいぶん派手にやられたみたいだね、ロベルト」
「ああ、あのドクター、二発も肩を撃ちやがった。おかげでこのザマだ。右腕が使い物にならなくなっちまった」
 ロベルトは三角巾で吊るされている腕に視線を向け、仏頂面で愚痴をこぼす。その顔もあちこちに小さな火傷を負い、患者衣の隙間からも包帯が覗いて見える。
「じゃあ、しばらく行動は無理だね」
「ああ、すまん。俺のミスだ。俺としたことが油断した。本当に撃ってくるとは思わなかったからな」
 テンマがロベルトを躊躇なく撃ったことはヨハンにとっても意外だった。しかも二発。負傷したのは右肩だが、テンマは確実に殺すつもりで撃ったとみてほぼ間違いないだろう。
「ふうん……ということは、知らないわけだ」
「? 何がだい」
「Dr.テンマだよ。君が生きているってことをね。彼にしてみれば、未だ君を殺したと思い込んでいるはずだ」
「そういうことになるな」


 あの時、テンマはヨハンに対しても銃口を向けたが、結局最後まで引き金を引くことはなかった。さなかにアンナが現れたせいもあるが、ヨハンが自らの額を指差して煽ったにもかかわらず、彼は身体を震わせるだけ。
 ロベルトを撃てるのに、なぜヨハンには撃てないのか。
 思考の果てに、いつか彼が口にしていた言葉を思い出す。ヨハンを助けることで医者の本分に立ち返り、人の命の重さは平等だと気づいたのだと、そう彼は言っていた。
 実はヨハンが思っている以上に、テンマの中でヨハンの存在は大きなものとなっているのかもしれない。
 また次に会う時が来たらロベルトの生存を知らせよう。テンマが殺すのは、ヨハンただ一人でいい。


「まあ、ゆっくり静養してよ。僕はこれからプラハに行く」
「チェコに? 何でまたそんな所に」
「自分探し、かな」
 至って真面目に言ったつもりなのだが、冗談とも本気ともつかないヨハンの言葉に、ロベルトは一瞬微妙な顔をする。そんなロベルトにヨハンはくすりと笑い、病室を後にした。


 そう、これは自分探しだ。
 あの絵本を読んで、自分が何者なのか知りたくなった。微かな記憶の中でそっくりな姿をしていたヨハンとアンナ。君は僕で、僕は君。ならば過去に倣ってアンナとしてあの地に行ってみようか。


 ヨハンはテンマのことを思い浮かべる。どんな小さな手がかりでも見過ごさず、ヨハンを必死に追い続けてくる唯一の人。


 ――あなたはチェコでも同じように僕を追いかけてきてくれるのかな。そして、僕の行くべきところを見届けてくれるだろうか……?

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